スポーツのあなぐら

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日本の人工芝球場批判と天然芝礼賛を信用してはいけない

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ラグビー、サッカーの
人工芝、ハイブリッド芝に関しては
こちらにも書いています。

 

 

日本と芝に関する話題

2021年は
日本のスポーツ施設の芝をめぐる話題が
いくつか見られた。
まず3月にはテニスの伊達公子さんが
日本に多く見られる
砂入り人工芝コートを批判する記事が出ている。
こちらは現在の世界の主流である
ハードコートへの移行を推進するものであって
ウィンブルドンセンターコートのような
天然芝(グラスコート)への移行を訴えているわけではないのだが、
これが野球になると
天然芝*1への移行の話になり、
この伊達さんの主張に便乗して
人工芝球場を批判する人が少なからず見られた。

2021年といえば
1年遅れで東京オリンピックが開催された年。
そんな中、
5月にはサンガスタジアムで行われた聖火リレーの際の
芝の損傷が問題になった。
当時はまだオリンピック開催への批判が強かったことに加えて
サンガスタジアムを
サッカー専用と勘違いしているサッカーファン*2からの批判、
中継車が入っていたことによるマスコミ批判などが重なり
大きな問題となって拡散していった。
そして実際に開催されたオリンピックでは
野球、ソフトボールで使用されたのが
人工芝のスタジアムだったため、
特に故障者が出るたびに
日本の人工芝球場への批判が続出した。

 

MLBの人工芝球場の数はいくつ?

ではここで問題です。
今年のMLBで人工芝のホーム球場は何ヶ所あるでしょう?
① 1
② 2
③ 3
④ 4




















知ってる人はもうおわかりですね。
正解は⑤の「どれでもない」だ。
MLB
ミネソタが現在のターゲット・フィールドに移ってから
10年近く
トロピカーナ・フィールドとロジャース・センターの2ヶ所だったが、
2年前からチェイス・フィールドが、
さらに2020年には
この年オープンしたグローブライフ・フィールドに加えて
マーリンズ・パークも人工芝に変わったため
現在の合計は5ヶ所である。

 

アメリカの人工芝事情

人工芝をめぐるデマ

このように
MLBの人工芝事情に関しては
どうにもデマ情報が多い。
たとえば2020年2月下旬ごろには
某「喝!」の解説者が
MLBの球場は人工芝が多い」などとでたらめを言ったらしく
ネット上ではかなり批判されていたのだが、
その批判している人の大半も
MLBの人工芝は2or3ヶ所」と情報が更新されておらず
老害」を全く笑えない状況である。
もっとひどいのになると
MLBの人工芝はタンパベイだけ」と大嘘を拡散する人物や
MLBNFLは人工芝を撤廃しようとしている」と言い出す
自称スポーツアナリストもいるようだ。
またここからもわかるように、
日本は感情的なアンチ人工芝と天然芝礼賛がやたらと多い。

 

現在のアメリカの人工芝事情

MLBで最近増えた3ヶ所は、
いずれもShaw Sports Turf社のB1Kを採用している。
売りの一つである廃棄物の環境破壊抑制については
実際に廃棄された後じゃないとわからないだろうけど、
野球専用になっている芝の性能の方は
そこそこ評判がいいらしい。
日本もいくつかの球場で国産の野球専用人工芝を採用しているが、
これがさらにB1Kかそれ以上の性能の芝に進化できれば
日本での状況も変わってくるかもしれない。

またアメリカのマイナーリーグ
天然芝がほとんどだが、
最近は
High-A以下の球場で人工芝に変えるところが出始めている。
ニューヨークのMCUパーク*3のように
多目的使用のため人工芝に変えたところもあるが、
大半は大学や高校と併用するためのようだ。
独立リーグ大学野球のホームにも
人工芝は決して少なくない。
こちらはさすがに金をかけられないのか
採用されるのはフィールド・ターフなどだ。
ただオリンピック代表の場合は
全て天然芝のAAAとAAの選手が多く、
結果的に人工芝に不慣れな選手ばかりがそろってしまった
可能性がある。

先ほど少し名前を出したNFLも見てみよう。

NFL新スタジアム

NFLでは2000年代中盤から
ターフ・トゥと呼ばれる
人工芝の弊害が叫ばれていたはずなのだが、
人工芝は減るどころかむしろ激増している。
そのほとんどは開閉式を含めたドームか寒冷地で、
天然芝を使いたくても
芝が育ちづらく使えないスタジアムだ。
使われるのはフィールド・ターフがほとんど。
ラスベガスはちょっと変わっていて、
併用するNCAAのときは人工芝を用い
NFLのときのみ天然芝を運び込む
札幌ドームに近い形式をとっている。

ここから総合すると
アメリカの考え方は非常にシンプル。
基本は天然芝だが
気候や利用数など何らかの理由で
天然芝を維持するのがあまりに難しいなら人工芝。
結局のところは
理念よりもその土地・施設の環境に合わせた設備を優先する。
こういう選択をしていることになる。

 

日本における天然芝の問題点

日本の場合、
アメリカで人工芝を採用される理由が
ほとんどの球場に当てはまってしまう

 

利用数の問題

まずは利用数の問題だ。
大学・高校・社会人全てが使用する
神宮球場ほど極端じゃないにせよ、
維持費や自治体の建設・使用目的などに対して
制約がアメリカよりはるかに大きい日本の球場は
どうしても使用する試合数が多くなる。
実のところMLBの球場も
野球専用を謳いながら
コンサートなどの多目的使用は少なくなく、
特に1990年代以降の新古典主義球場ラッシュを担った
ポピュラス社は
「多目的使用可能な専用スタジアム」をコンセプトに
アメリカの野球場やイギリスのサッカースタジアムを
設計している。
最初に書いたように
亀岡のサンガスタジアムなどと同様のコンセプトだ。
つまり
よく日本の球場で批判にあがる「多目的使用*4」は
座席の向きなどを野球専用の設計をしたうえで
多目的使用を可能にすれば
MLB球場と同じ仕様になるのだ。

 

気候の問題

次に気候。
プロ野球ではあまり見ないが
Jリーグだと通常の試合でもしばしば芝枯れが問題になっている。
芝枯れは客席部分を屋根で覆ったスタジアムに目立っていて、
アメリカで経験を積んだグラウンドキーパーですら
苦戦していると聞く。
理由は日照時間や空気の滞留によるところが大きいとか。
野球で最も怖いのは
MLBで人工芝になったのと同じ開閉式ドームだろう。
開閉式天然芝になるエスコンフィールドでは
芝枯れが起こらずに済むのか。
たとえエスコンフィールドで芝の維持が可能だったとしても、
北海道よりはるかに高温多湿の本州でも同じ手法が通用するのか。
アメリカで今も天然芝を使っている開閉式ドームは
シアトル、ミルウォーキーと比較的涼しく、
高温な地域では
ヒューストンのMinute Maid Parkしか残っていない

アメリカの基準に照らし合わせたとしても
本州以南の開閉式ドームでは人工芝が適切、
となる可能性が充分ありうるのだ。

 

シーズン中のライブイベントについて

ここでもう一つ、
ライブイベントから次の試合までの日数を見てみよう。
シーズン中は貸し切りのはずだから
そのスポーツ以外のイベントをやるはずがない
と思っている人も少なくないだろうが、
夏場が休みになる競技ならともかく
休み期間が冬になるMLBでは
一年中温暖な気候が続く地域でもなければ
冬に屋外ライブを開催するのはほぼ不可能。
なので
そうした大型ライブイベントなどは
シーズン中に開催されることになるのだ。

今回対象にするのは
ミネアポリスのTarget Fieldと
アトランタのTruist Park。
加えて
有名アーティストによる大型ライブコンサート以上の
超ビッグなイベントである
WWEレッスルマニア19が開催された際の
シアトル・Safeco Field*5(現T-Mobile Park)。
どこも冬は寒いために屋外イベントが不可能で、
NFLのホームスタジアムには全て屋根が付いている。
ライブイベントの場合の観客数は
3万人弱から4万人強、
天然芝に敷かれた特別シートの上に
ステージと観客席が置かれていた。
つまり
今年のサンガスタジアムでの聖火リレー
数年前に芝枯れで猛批判を受けた
ほっともっとフィールドでのAKB48
甲子園球場での水樹奈々のイベントなどと
同じスタイルである。

ライブイベント

最長でも9日後、
平均は5日程度しか空けておらず
わずか3日後の試合も少なくない。
試合が聖火リレーの4日後だったサンガスタジアムは
期間が短すぎた印象があるものの、
アメリカの例と比較した場合は
絶対不可能な期間とも言い切れないことになる。

 

日本という国の問題点

これらのことから想定される日本の問題点は二点。

  • 日本はあまりにも芝が育ちづらいのではないか
  • 費用の問題や予備の天然芝育成の問題で天然芝を張り替えられないのではないか

ということだ。
そうでなければ、
日本の球場には
なぜこんなにも内野が土の球場が多いのだろうか。
なぜ甲子園球場
今も内野に天然芝を入れることができないのか。
土俵などのように
芝生ではなく土の文化があるのも
結局は芝が育たないからではないのか。
日本という国は欧米と比べて
夏は蒸し暑いうえに雨が非常に多く、
冬は寒さはそれなり程度だが雪が非常に多い。
日本で天然芝を使わない理由が
「気候の関係で日本芝・西洋芝問わず天然芝が育たない」
「育つようにしても雨と猛暑で試合を開催できない」
ことにあるとすれば、
この点は人力ではどうすることもできない。

二つ目は人力で何とかできる問題だ。
昔うっすらと聞いただけで
定かではないのだが、
ドイツの最新式スタジアムには
スタジアムの地下に
広大な張替え用芝の育成スペースを設けられていたと
記憶している。
おそらくアメリカの球場などでも
予備育成用の広大な敷地があるのだろう。
しかし日本ではこのような設備が
ほとんど整っていないか、
多少あったとしても
各スタジアムを維持するために必要な量をそろえられていないのは
各球場の形態や
今回のサンガスタジアム、
あるいは
サッカー専用でかなりの赤字経営になっている
埼玉スタジアムの例を見ても明らかだ。
もし日本でこのような体制を整えることができないのであれば
人工芝の導入は必然になる。
また別な記事で検証したのだが、
2021年東京オリンピックの日程では
アメリカの基準に照らし合わせても
内外野総天然芝球場を用いて
野球・ソフトボールの試合を行うのは不可能

人工芝の横浜スタジアムだからこそ
2週間続くオリンピックの試合ができたのであって、
天然芝では
多くの日本人が感動し涙していた
野球、ソフトボールの金メダルもなかった。
天然芝至上主義者、人工芝アンチは
この現実から目をそむけてはいけないのである。

*1:外野のみ天然芝も当然含む

*2:実際は1990年代以降に作られた欧米のスタジアムではメジャーな球技、イベント等も行う多目的使用が前提。この前提を理解したうえで「今聖火リレーに使うこと」を批判するサッカーファンもいたがごく少数派だった

*3:ニューヨーク・ペン・リーグのホーム。元々は天然芝だったが2013年から人工芝

*4:なお日本の多目的ドームは札幌ドーム以外、アメリカで新古典主義が広がる前に起工している

*5:2003年のマリナーズイチロー佐々木主浩長谷川滋利が在籍していた