スポーツのあなぐら

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なぜ甲子園球場は内野も天然芝にならないのか

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2022年のセンバツ高校野球が開幕した際、
外野フェンス際の白線と芝が話題に上った。
なんでも
プロの試合前練習などで芝が枯れやすいため
この部分だけ人工芝に替えたのだという。
納得する人も多い一方で
天然芝の部分を人工芝に替えたということなので
苛立ちを覚える人も同様に多いようだ。

ところでこの甲子園球場は、
プロ野球のホーム球場が
内外野総天然芝か総人工芝かのどちらかに絞られた現在も
内野が土のままである。
少し前の大改修で
総天然芝になるのではとも言われたが、
結局内野に天然芝が敷かれることはなかった。
日本のほとんどの天然芝球場の内野が
今も土やクレー舗装になっているのも
「甲子園が土のせいだ」と
主張する人もよく見られる。
まあこれはいつぞやの
校庭の芝が球児の親に剥がされた件と
ごちゃまぜになっているようにも見えるのだが。

なぜ甲子園球場は内野に天然芝を敷かないのか。
答えは
「芝が枯れてしまうから」だ。
さて
この答えを見たほとんどの人は
こう言うだろう。
「そんなことは言われなくても誰でもわかってる」と。
だがそのわりに
「甲子園を総天然芝ドームにしろ」
高野連(と朝日新聞)が総天然芝ドームを作ればいい」
と主張する人が絶えないのはどういうことだろう。
まずはそんな
わかっているようでわかっていない
総天然芝球場の試合数の限界を探っていこう。

 

総天然芝球場の限界とは

総天然芝球場のことについてはやはり、
内外野総天然芝を主張する人たちも「見習え」と言う
アメリカを参考にすべきだろう。
注目したいのは
カレッジワールドシリーズである。

カレッジワールドシリーズは、
NCAAのディビジョン1に所属する64チームによる
NCAAディビジョン1トーナメントを勝ち上がった
8チームのトーナメントで行われる。
試合はダブルイリミネーション、
つまり合計2敗で敗退する形式となっており
決勝は
それまでの敗戦数がリセットされての2戦先勝方式。
NCAAディビジョン1トーナメントも
8地域8チームによるダブルイリミネーションだ。
トーナメント出場できるのは
各大学リーグ戦の上位チームで、
枠数はセンバツ高校野球などのように
リーグごとに割り当てられる数が異なる。

そんな大学チームのその年の最高峰を決める戦いは、
オマハにある
Charles Schwab Field Omaha(旧TD Ameritrade Park)で
開催されている。
2011年にオープンしたかなり新しい球場で、
収容人数は24505人。
温暖な気候のオマハゆえ
芝は内外野ともに天然芝だ。

2018年の試合結果はこうなっている。

College World Series 2018

この日程と結果から、
1日に2試合以上をこなす場合
総天然芝で行える試合数は
1日1~2試合が1週間強までとわかる。
一応2019年には
雨で日程が詰まってしまったためか
1日3試合の日が一度あったのだが、
基本的に
カレッジワールドシリーズの連戦は
8日間に1日最大2試合で計12~14試合

これが限界点とみて間違いないだろう。

また日本国内だと
2016年に内野天然芝を採用した楽天生命パークが
1日2試合、プロ野球以外での使用を年間約30日に制限しており、
この検証結果がある程度裏付けられていると
言えると思う。

 

日本とアメリカの決定的な違い

甲子園球場の総天然芝化が不可能だという
具体的な理由がわかったかと思う。
1日3~4試合を2~3週間にわたってこなすことが前提の
日本の高校野球では
総天然芝はどうやっても枯れてしまうのだ。
現行のシングルエリミネーションでのトーナメント方式なら
多くても16チーム15試合、
リーグ戦にする場合は
1試合ずつの総当たりで何とか試合数を減らしても
わずか6チームによる15試合。
これが限界なのである。
甲子園の総天然芝化以外に主張される
総天然芝ドーム球場の建設や
ほっともっとフィールドへの移転も
同じ理由で不可能だ。

これは甲子園大会に限った話ではない。
甲子園以外の高校野球地方大会に
大学野球のリーグ戦、
社会人の各大会。
日本のアマチュア野球はどの階層でも
同じ球場で1日3~4試合を
何日間も連続で行うことが前提になっている。
また特に高校野球
地方大会序盤でもそれなりの観客が入るうえに、
日本のほとんどの高校、大学、社会人には
1000人以上の観客席を備えた球場もなければ
建設・維持できる土地もない。
公式戦を行うには
観客席等を備えた特定の球場に
参加する全チームを集結させる方式を
とらざるをえず、
リーグ戦ではなく
シングルイリミネーションのトーナメントに絞り
試合数を大幅に減らしても
日程の消化には限界が出てくることになる。
そのようなアマチュア野球の需要にこたえるには、
球場の内野は土か人工芝にするしかない。
背もたれ等のついた観客席の収容人数が約1500~12000人、
平均でも5000人台に達する
2018年の地方トーナメント開催球場18ヶ所を
全て各大学が所有しているアメリ*1とは
全く条件が異なる。
そしてアメリカの大学にはこのような
東北福祉大学野球場をはるかに上回るレベルの球場が
他にもごろごろ存在している。
もはやこの話は
日米の国土の広さの違いの問題なのである。
ちなみに
2018年のトーナメントで使用された18球場のうち
総天然芝は13球場、人工芝は5球場
だ。

総天然芝に「反対」する深層心理

甲子園ないしは新球場建設などによって
高校野球全国大会を内外野総天然芝で行いうる唯一の方法、
それは出場チーム数の削減になる。
チーム数を減らすことで試合数を大幅に減らすのだ。
カレッジワールドシリーズのような
ダブルイリミネーションは
かつてのWBCなどの例を見ると
日本人はとかく嫌いそうだから、
8か16チームによるシングルイリミネーションになるか。

ところが
ここでもう一つ奇妙な問題が生じる。
プロ野球の「16球団構想」を見るとわかるのだが、
日本人は
「参加できるチーム数は多ければ多いほどいい」と考えるうえに
47都道府県や大まかな各地方の空白地域を嫌い
人口や経済格差などを無視した平等性を
やたらと求めてくるのである。
「日本人は」と一見大げさに書いたが、
この47都道府県における「1県1代表」の思考は
JリーグBリーグ、リーグワンなど
他のスポーツでも非常に多く見られるものなので、
少なくともスポーツに関しては
日本人全体の傾向と考えて差し支えないと思う。

そんな傾向がある中で
全国大会進出チームを極限まで削減すると
何が起こるだろうか。
地域性については
「東北・北海道 / 関東 / 北陸 / 中部 /
近畿 / 中国 / 四国 / 九州・沖縄」の
ちょうど8ブロックに分かれるので
意外とそこまでの反発は起こらないかもしれないが、
「39都道府県のチームが
甲子園(または新球場)を経験できない」点で、
特に各県1チームが基本である
夏の高校野球全国大会では
猛反発を受けることは必至。
もともと各県代表制の撤廃に反対している人たちと
高野連の決定に全て反対する人たちの手のひら返しとが
組み合わさり、
大規模な反対運動が展開されることだろう。

 

「感動」と日程の深い関係

最後にこんな日程表を見てもらおう。

Tokyo Olympic 2021

2021年東京オリンピック
野球とソフトボールの日程だ。
この野球の日程と
2018年カレッジワールドシリーズとを比較すると、
両者が非常に似通っているのがわかる。
野球だけで見れば
この日程はまさに
アメリカの総天然芝球場で行える
野球大会の最大値を詰め込まれていたわけだ。
しかし東京オリンピックでは、
7イニング制のソフトボール
中1日を空けて
4日間に11試合も組まれていた。
人工芝の横浜スタジアム使用が批判された
東京オリンピック
野球とソフトボールの日程は、
たとえアメリカ基準であっても
総天然芝の必要条件を超えていた
ことになるわけだ。
オリンピックで久々に開催された
野球とソフトボールでの日本の金メダルの「感動」も
これまでの甲子園での数多くの名場面も、
総天然芝では
「大会そのものが開催不可能」という意味で
起こりえないものだった
のである。

*1:Charles Schwab Field Omahaはオマハ市の所有だがクレイトン大学のホームとしても使用されている