スポーツのあなぐら

主に野球のデータ、ドラフトについて書いていくブログ。更新頻度は気まぐれ

「飛ばないバット」で「『打高投低』の高校野球」はどうなるのか

スポンサーリンク

来年2024年から
高校野球へ全面的に導入されるという
「飛ばない金属バット」。
巷では
「打高投低すぎた高校野球が健全な姿に近づく」
「(長打が出なくなって)本物のスラッガーが育つ」
といった理由で賛同する声が圧倒的に多いようだ。
では「飛ばない金属バット」で
具体的には高校野球がどういう野球になるのか。
これを少し考えてみよう。

 

 

「打高投低な高校野球」と長打

甲子園の打撃成績

全国大会での「飛ばないバット」は
来年の選抜大会からということになる。

甲子園打撃成績

ここ3年間の
春の選抜大会は夏の大会に比べて
OPSが.080~.130前後低く
平均得点も低い。
打率は.030~.050以上、
長打率から打率を引いたIsoPが.020近く違うのに対し
出塁率から打率を引いたIsoDは有意な差は見られず
その主な違いは打率と長打であることがわかる。
過去最多の68HRを記録した2017年夏と
2015年以降で打撃成績が最も低かった2015年春も載せたが
やはり打率と長打率に大きな違いがある。
なおプロ野球が「統一球」を導入した
2010年から11・12年にかけては
打率が.020、OPSが.090近く下がり
平均得点も1点以上低下した。
具体的な打球の傾向等の違いを見たわけではないが、
単純に考えると
「飛ばないバット」を導入した場合は
夏の甲子園センバツに近い打撃成績になり、
春の選抜大会も平均得点が1点程度減りそうだ。
ただそれでも1チーム平均3点前後は入るわけなので、
これまでの傾向を見ると
「少しは打高投低が是正されてまともな野球になる」
「平均3点も入るとはひどい打高だな。金属バットのせいだ」
と考える人が大半ではないだろうか。

 

地方大会での打撃成績

今回導入される「飛ばないバット」は
甲子園に出場する高校だけに支給されるものではない。
地方大会だとどのようなことになるだろう。
地方大会に参加する全チームの細かい打撃成績は
今まで全くと言っていいほど公開されていなかったのだが、
一球速報に全チームの成績が掲載されている
数少ない地域である
2023年夏の青森、山形、宮城の3県を見ていこう。

東北三県打撃成績

都道府県大会を勝ち抜いたチーム、
各地方大会で上位まで勝ち上がったチームが集う
全国大会と違って
チームごとの戦力の差がかなり大きいこともあってか、
成績は甲子園よりもやや高めになっている。

東北三県ベスト8

ベスト8の高校とそれ以外のチームで分けるとこうなる。
打って点を多く取ったチームが勝ち上がっていくのだから
敗退したチームとの差が大きくなるのは当たり前だけども
やはり打率と長打で大きな差が生まれている。
青森では
ベスト8へ進めなかった40チームに本塁打がなかったが
それでも平均得点は4点を超えていた。
その一方でIsoDに関しては全く違いがない県もある。

 

「打高投低な高校野球」と「超『打高投低』なプロ野球

ここまで高校野球の成績を見て、
巷では
「いやあやっぱり高校野球の打高投低はひどい。
飛ばない金属バットで
少しでもまともな野球に戻さねば」
「これでもまだ金属バットを使わせるとは
メーカーとの癒着か? さっさと木製バットに戻せ」
と思う人がほとんどだろう。
しかしこれを読んでいる皆さんは人間のはずである。
人間ならもう一つ考えてみよう。
「そもそも高校野球は本当に打高投低なのか?」

2010~13年と今年2023年、
そして2リーグ制以降でIsoPが最も低かった
1956年のプロ野球のデータである。

2010-13他NPB打撃成績

高校野球に比べて平均得点は低めだが
金属バットを使っている高校野球よりも
IsoPが圧倒的に高く
2017年夏の甲子園で記録した.137でも
2010年のプロ野球よりわずかに低い。
特に大きく異なるのがHRで、
HRになる確率は
2017年の甲子園より今年のプロ野球のほうが高いのだ。
それはそうだろう。
夏の大会の48試合でHRが合計68本というのは
1年143~144試合での1チーム102本と
同じなのだから。
またプロ野球で平均IsoPが.100を下回ることはめったになく、
2リーグ制以降の74年間では
1954~57年と「違反球」の2011、12年の計6回しかない。
逆に2010年のIsoPは25位にすぎず、
2013年以降でも2010年より18、19年のほうが高くなっている。
チーム別で見ると
この「違反球」の2011年にマリーンズとイーグルス
それぞれ.076、.077と苦しんでいるし
プロ野球全体が貧打なうえに
戦力格差も激しかった1950年代には
.060台を記録するチームもあったが、
2013年以降は
毎年貧打で苦しんでいる中日ドラゴンズでも
.090未満に下がったことがない。
つまり高校野球では
「飛びすぎるバット」を使っているにもかかわらず
貧打の中日よりも長打を打っていない
のである。

高校野球が「打高」だと言えるとすれば、
それは「高校生であるがゆえに未熟さ」によるものだ。
守備力が高くないので単打が多くなりやすく、
制球力もあまり整ってないので
ストライクゾーンがかなり広めでも四球が多く
打撃成績に対して
プロより得点が入りやすいのは
これらによってランナーがたまりやすいうえに
守る側が精神的に動揺しやすいのも大きな理由と考えられる。
どれをとってもその理由は
「高校生であるがゆえに未熟さ」によるものであって、
プロの、それも一軍選手よりそれらの点でかなり劣っているのは
はっきり言って「仕方がないこと」「当然のこと」でもある。

 

「飛ばない金属バット」がもたらす効果と副作用

高野連が「飛ばない金属バット」に求めている効果

そもそも
「飛ばないバット」を導入する高野連の目的は
強いライナーやゴロを減らし
守備につく選手への危険を緩和することだ。
すなわち減らしたいのは長打よりも単打
「飛ばないバット」導入が成功した暁には
強い打球による単打が激減することになり、
またバットに当てられてもヒットになりにくいため
四球も多少減ることも考えられる。
代わりに緩いゴロによる単打が増える可能性もあるが
そこは高野連としては
特に興味を持つ内容でもないだろう。

 

巷の第三者が「飛ばないバット」に求めているものとは

一方、
巷で「飛ばないバット」を歓迎する人たちが主張する
「飛ばないバット」で長打が激減する効果は
あくまで「副産物」にすぎない。
それどころか
「あまりに多すぎた長打が是正される」のではなく
「ただでさえ少なかった長打がさらに激減する」
のだから
むしろ「副作用」と言っていいものだ。
プロでもHRが出にくい甲子園で
長打が激減するのはもちろんだが、
それ以上に気になるのは地方大会である。
今まで以上に戦力格差が拡大して
5回参考記録完全試合ノーヒットノーラン
続出する可能性があるし、
強豪校ではない高校同士の対戦では
両チームノーヒットの試合が頻発することも考えられる。

その場合まず考えられるのは
ゴロ打ちとバントの激増である。
いくら長打を打とうとしても
飛ばなさすぎて内野ゴロにしかならないのなら
もっとゆるいゴロやセーフティバント
内野安打を狙うだろうし、
これによってさらにゴロが増えるので
ただでさえ減った出塁からの併殺を防ぐために犠打が増える。
それも「勝利至上主義の指導者」から強制されるのではなく
少しでも結果を出して自分が野球を楽しむために
自主的にそればかり練習する球児が多くなるのではないか。
また足がそこまで速くないため内野安打をあまり狙えず
現時点で長打力もそこまで高くない中高生は
やってもつまらない野球をさっさとやめるだろう。
日本では
「自分が認めた『スラッガー』以外はHRを打つな」
「長打で点が入る野球は低レベル」
とばかりに
高校野球だけじゃなくプロ野球などに対しても
「ボールが飛びすぎる」と毎年非難し続けてきた
「どんな一流選手よりも野球を知り尽くしている野球ファン」が
非常に多いので、
長打が出ない野球を観て非常に楽しめると思うが
はたしてプレーする側、練習する側は楽しめるのか。
「楽しく野球をさせろ」と
日本の高校野球の「勝利至上主義」を批判する人ほど
このような主張をするのでよけいに引っかかる。

よく聞かれる
「飛ばないバットになれば強打者を育成できる」も
かなり疑問である。
それこそ筒香嘉智などのような「天性のスラッガー」は
長打が打てて野球も楽しめるだろうが、
逆にそれ以外の選手が成長する可能性が
最初から摘まれてしまうわけで、
「長打力は天性。成長する余地などない」と
長打力の裾野を第三者が大幅に狭めることが
スラッガーの育成につながると言えるのだろうか。
それに
広くフェンスの高い球場が増えてスラッガーは育ったか。
「違反球」の2年間にスラッガーは育ったのか。
金属バットから木製バットに代わった社会人野球から
「真のスラッガー」は多数出現したのか。
最後の点に関しては、
大学進学率の変動など環境の大きな変化もあるとはいえ
2001年以前の22年間*1
社会人野手が平均11.4人入団していたのに対し、
木製バットになった2002年以降は平均6.8人で
1965年と77年の2回だった5人以下の年が
22年中10回あることだけ記しておこう。