スポーツのあなぐら

主に野球のデータ、ドラフトについて書いていくブログ。更新頻度は気まぐれ

ラグビー、サッカーなどの天然芝と「人工芝問題」を考える

スポンサーリンク

 

2022年も続く天然芝礼賛と人工芝スタジアム批判

2022年は
昨年に引き続き
日本のスポーツ界における天然芝・人工芝をめぐる
大きな話題が続いた。
サッカー日本代表の練習場としても使われている
秋津サッカー場の人工芝への移行の件と、
2027年開場予定の
秩父宮ラグビー場建設案が
完全密閉型の多目的スタジアムとなり
芝も人工芝が採用される件である。
一方、
このブログが主としている野球で
今年話題になったのは
甲子園球場外野のフェンス際が人工芝になった話と
2016年に総天然芝を採用して以降の楽天生命パークが
マチュア野球への貸し出し日数を減らしている話ぐらいだが、
ここ数年は
普段日本の人工芝とドーム球場を嘲笑している
一部のファン、スポーツライターなどが
3月末と7・8月に限り
人工芝ドーム球場の礼賛と屋外球場の否定を繰り返している。
ただどのスポーツに関しても
基本的には
天然芝礼賛と人工芝への批判、
というかむしろ嫌悪と言ってもいいほど
人工芝への猛烈な批判が起こっているのはたしかで、
完全人工芝だけではなく
天然芝の中に5%程度人工芝を混ぜてある
ハイブリッド芝に対しても
同様の嫌悪感を持つ人が日本には非常に多い。

ところで、
そんな人たちが絶賛することの多い
海外のラグビーやサッカーでは
人工芝はどの程度使われているものなのだろうか。

 

世界のラグビーと人工芝

ラグビーの人気リーグでは

まず
15人制のラグビーユニオンの中では
観客動員数が世界トップクラスとなっている
フランスのトップ14。
このリーグのスタジアムには
完全人工芝が14ヶ所中3ヶ所ある。
そして
秩父宮のモデルと言われるのが
そのうちの一つである
Paris La Défense Arena、
旧称U Arenaだ。

このスタジアムは
トップ14の中でも最も新しい
2017年に建設されたスタジアムなのだが、
見てのとおり完全密閉型。
札幌ドームやAllegiant Stadiumのような
外に芝生を養生できるスペースはなく
天然芝が不可能なのも納得である。

残る2ヶ所の人工芝スタジアムのうちの一つは
同じくパリにあるStade Jean-Bouinで
人工芝への改装は2019年。
最後の一つである
リヨンのStade de Gerlandは
日本にとっても歴史的な場所である。
かつてはサッカー中心に使用されており、
1998年のサッカーW杯で
日本がW杯史上初のゴールを決めた
ジャマイカ戦が行われたのがここだ。
このスタジアムをホームにしていた
リーグ・アンオリンピック・リヨン
2016年から
6万人規模の新スタジアムGroupama Stadiumに移転し、
その後ラグビーのリヨンOUが使用するようになった。
ここのフィールドターフへの張替えは2021年。
つまり
人工芝化は全て2017年以降となるため、
日本の人工芝批判でしばしば使われる
「人工芝は時代遅れ。世界は天然芝化が進んでいる」が
ラグビーでも当てはまっていない。
なおGroupama Stadiumはハイブリッド芝。

 

ラグビーリーグから見るオーストラリアの事情

次は13人制のラグビーリーグで観客動員数が多い、
オーストラリアとニュージーランドのチームで構成される
ナショナルラグビーリーグだ。
現地ではこのリーグの人気がかなり高いようで、
かつて日本のサンウルブズも参加していた
ラグビーユニオンのスーパーリーグよりも
観客動員数が多い。

ここは
リーグの全18チーム中4チームがホームとして使っている
CommBank Stadium(Western Sydney Stadium)。
google mapの航空写真ではまだ建設中になっているが
開場は2019年で芝は天然芝。
ラグビーだけではなく
サッカーやコンサートにも使用される
多目的スタジアムとなっている。
現在の秩父宮より
横20m、縦50mほど広い。
CommBank Stadiumに限らず
ナショナルラグビーリーグのホームスタジアムは
ハイブリッド芝でもない完全天然芝がほとんどだが、
ラグビー専用は一つもなく
サッカー、クリケットなどの球技でも使われるか、
加えてコンサート実績も豊富なスタジアムが
それぞれ約半々となっている。

ただし
気をつけなければいけないのが
オーストラリアの気候だ。
全チームの半数以上にあたる
7スタジアム11チームがその近郊に集中しているシドニー

夏最も暑い1月と2月の平均最高気温が26℃、
冬の最高気温が平均16℃と、
夏は東京よりはるかに涼しく
冬はヨーロッパや沖縄以外の日本よりもかなり暖かい。
気温だけなら
アメリカ・カリフォルニア州とあまり変わらないのだ。
天然芝が非常に育ちやすく
国土面積から考えて
補充する芝の養生も日本よりはるかに容易。
オーストラリアにおける天然芝の育成は
この前提のもとに成り立っていると考えるべき
だろう。

 

ラグビーの「本場」では

ではもう一つ、
日本のラグビーファンから
ラグビーの本場と考えられているかどうかはわからないが、
ラグビー発祥の地であるイギリスを見てみよう。

イングランド代表が使用しており
イギリスラグビーの聖地として知られる
Twickenham Stadium。
ここで使用されているのは
ハイブリッド芝である。
また日本ではしばしば
「完全なラグビー専用」と喧伝する人を見かけるが
実際にはコンサート実績が豊富なほか、
NFLのロンドンゲームでも使用されたことがある。
ただコンサート実績は2003年以降に集中していることと
イギリスのラグビー界自体も
マチュアリズムが非常に根強かったことなどを考慮すると、
多目的使用が許可されたのが2003年以降であり
その情報を更新できていない日本人が
ラグビー専用」を謳い続けてきたとすると
一応説明はつく。

イギリスにおける
ラグビーユニオンの最高峰である
プレミアシップのほうはというと、
確認できた限りで最も多いのはハイブリッド芝だ。
完全天然芝もいくつかあるが、
完全人工芝のスタジアムも4ヶ所ある。
しかも
ラグビー以外での使用実績を
確認できなかったスタジアムにも
人工芝とハイブリッド芝は導入されており、
多目的使用のためとは断定できなかった。
一方、
現在イギリスとフランスのチームで構成されている
ラグビーリーグのスーパーリーグでは、
ハイブリッド芝は2、3ヶ所しかなく
ほとんどが総天然芝で完全人工芝はない。
ただし
スーパーリーグの下部組織にあたる
RFLチャンピオンシップだと
人工芝のスタジアムもいくつかあるので、
リーグや競技の理念といった概念だけで
語ることはできないようだ。

 

ヨーロッパサッカーと芝

ヨーロッパのハイブリッド芝大国

ヨーロッパサッカーのほうは、
ヨーロッパサッカーの四大リーグとされる
イギリス・プレミアリーグ、ドイツ・ブンデスリーガ
イタリア・セリエA、スペインのラ・リーガ
これらに次いで観客動員数が多く
六番手以下を大きく引き離している
フランスのリーグ・アンを加えた
5つのリーグについて見てみよう。

現状だと
これら5つのリーグのトップには
完全人工芝スタジアムはない。
そんな各リーグにも大きな特徴がある。
イギリスとフランスは
一言で言うならハイブリッド芝大国だ。

イギリスの場合、
イングランド代表が使用する
このWembley Stadiumや
プレミアリーグ、EFLチャンピオンシップと
代表や上位のリーグで使われるスタジアムは
その大半が完全天然芝ではなくハイブリッド芝、
特にプレミアリーグだと
90~95%がハイブリッド芝になっている。
加えて
プレミアリーグのほとんどのスタジアムには
アンダーヒーティングも備えられていて、
冬でも芝が枯れたままにならないよう
設備が整えられているのだ。
リーグ・アンも同様で
2021-22シーズンに完全天然芝だったのはわずか2ヶ所しかない。

 

芝の生育をあまり気にしない?国とは

これがずっと温暖な
セリエAラ・リーガだと
当然ながら完全天然芝の比率も高くなるのだが、
異質なのがブンデスリーガだ。
ドイツは
冬場の気温がかなり低いはずなのに
ハイブリッド芝は4ヶ所程度しかない。

中でも
このAllianz Arenaは
2014年からハイブリッド芝にしたのを
2016年に再び完全天然芝へ戻している。
選手の声を重視したのかもしれないが、
冬場の芝の生育は
はたして良好なのだろうか。

なお
Jリーグ初代チェアマン・川淵三郎氏が
将来のJリーグ像の理想にあげている
オランダのエールディヴィジだと、
18ヶ所中
少なくとも3ヶ所が人工芝である。
川淵氏の性格等を考えると
芝の話に関して
オランダをJリーグの参考にするとも思えないが、
ヨーロッパサッカーの現実を見るうえでは
重要なファクターの一つと考えていいように思う。

 

秩父宮建設に見える合理的な事情

そもそも
秩父宮ラグビー場
なぜあのような造りにすると決まったのだろうか。
その理由はいくつも考えられる。
何といっても重要なのは
明治神宮の所有するあの土地以外に
建てられる場所がなかったから
だろう。
秩父宮の名を冠したことで
そのような縛りが作られてしまった部分も
あるかもしれないが、
その代替となれるだけの広い土地が
東京都内の交通の便が良いところにあるのか

この点がはなはだ疑問である。
もしそんな土地が本当に存在しているのなら、
新国立競技場を
あのような狭苦しい形で作る必要もなかっただろうし、
日本のサッカーファンが望むような
鉄道駅に隣接する巨大サッカースタジアムが
東京近郊に建設されたかもしれない。
あるいは読売が
東京ドームに代わる自前の一軍本拠地を建設することも、
新たな二軍のホーム球場を作るのに
読売ジャイアンツ球場すぐそばの山林を切り開くことも
なかっただろう。

そしてもう一つ重要なのは、
秩父宮ラグビー場と新神宮球場を建てる順番である。

再開発計画では
まず神宮第二球場の跡地に
秩父宮を建設してから
現在の秩父宮を解体し、
解体した秩父宮の跡地に
神宮球場を建設する。
このような流れにすることで、
リーグワンなどのラグビー各チームや大会も
東京ヤクルトスワローズ
東京六大学東都大学野球なども
一時的な代替地へ移転する必要なく
新スタジアム、新球場に移行できるようになっている。
同じ土地の中に新スタジアムを建設する場合、
アメリカだと
スタジアムよりもはるかに広い駐車場があるため
駐車場の一部分が一時期使えなくなる程度で済ませられる。
かつて日本でこの形をとったのは後楽園球場。
後楽園競輪場を解体し
その跡地に東京ドームを建設することで、
後楽園から東京ドームへの移行を
スムーズに進めることができた。
しかし
神宮第二球場のみを完全に解体し
ラグビーと野球を
どちらもこの地に残しつつ
新スタジアム・新球場へ移行するには、
たしかに
この順番でいくよりほかに方法が見当たらない。
そして秩父宮のスペースが
今の計画より少しでも広がってしまっても、
この再開発の前提条件がすべて崩れてしまう
のだ。

私は深く語れないので取り上げないが、
今あげた点は
建蔽率などの法律上の問題にも
関わってくるだろう。
加えて
屋根をつける理由に挙げられていた騒音問題や
夏暑くて冬寒い東京の気温、降水量、ゲリラ豪雨といった
気候による様々な影響も勘案し
完全密閉型スタジアムの結論に至ったと思われる。

 

何としても天然芝にしたいなら

海外の芝事情からわかること

今回見てきた
ヨーロッパやオーストラリアの芝の状況。
ここからわかったのは
「海外が天然芝だから日本も天然芝にしろ」は
もはや通用しない
ということだ。
これまでの日本、
特にここ30年ぐらいの日本では、
サッカー、ラグビー、野球のどのスポーツでも 天然芝礼賛と人工芝への批判や
スタジアムの多目的化を否定する際に
必ずと言っていいほど
「海外では」が定型句として用いられてきた。
芝に関しては
2000年代以降の人工芝の進化や
ハイブリッド芝の登場といった
テクノロジーの発達・更新の要素も大きく、
海外の事情が伝わらない理由もまだわからなくない。
しかしスタジアム多目的化のほうは
サッカー、ラグビーのための陸上競技場使用・建設への
批判だけではなく、
各「専用スタジアム」における
他球技やコンサート等の多目的での使用すらも
全面的に否定するために、
1990年代からアメリカ・ヨーロッパで広がった
「多目的使用前提の専用スタジアム」の流れとは逆の
「海外の『専用スタジアム』では
専用の競技以外が行われることはなくなっている」という嘘が、
スポーツライターや自称「コアなファン」などによって
広められ続けてきた経緯がある。
ハイブリッド芝に関しても、
Allianz Arenaの一例のみを引き合いに出すことで
かつて人工芝球場が天然芝へ回帰した記憶と
日本に根強い天然芝至上主義とをくすぐられれば、
同様に偽の「海外では」が広まることは
決して難しくないのではなかろうか。

 

天然芝のためにクリアしなければならない条件

逆に
もし何が何でも天然芝にしたいのであれば、
最低でも二つのことを説明しなければならないだろう。

一つは
「人工芝やハイブリッド芝を撤廃し
天然芝を採用しなければならない日本特有の事情」だ。
残念なことに、
「何が何でも天然芝」を主張する人のほとんどは
「天然芝が良いから。人工芝はだめだ」以外のことを
何も言わないのが現実である。
そんな中
数少ない「その可能性もあるな」と思えたのは
日本の気候と人工芝との相性による説明。
雨の多さと多湿な気候によって
日本では
ハイブリッド芝も含めた人工芝が滑りやすくなり、
ヨーロッパ各地よりも
選手の故障の危険性が高くなっているというものだ。
たしかにこれなら
反対する理由としては納得できるものだし、
海外では使われている人工芝やハイブリッド芝が
日本の屋外スタジアムでは使いづらい根拠としても
一応理にかなってはいる。

しかしそれ以上に重要なのは
「日本では天然芝を維持できるのか」
という点である。
夏は高温多湿、冬はそこそこ気温が低い日本で、
マチュアや短期間に連戦が続く大会などでの使用によって
天然芝の傷みも激しくなりやすい日本で、
予備の芝を育てる土地も少ない日本で、
天然芝をしっかり育成し維持することが可能なのか。
冬の東京は
平均最高気温こそロンドンやパリより2.5℃ほど高いが
平均最低気温はほぼ同じ。
日本は決して冬も暖かい国ではない。
いくら選手にとっては天然芝が良いといっても、
どうやっても天然芝を育成・維持することができないのなら
それはただの理想論であり妄想にすぎない
のだ。

そして
この疑問に対する回答はさらに悲惨。
「やればできる。
できないのはやる気が足りない。努力が足りないだけ」
「いくら金がかかっても大赤字でもやれ*1
「そんな金はいくらでも持っているはずだから
俺たちは金は出さない」*2
天然芝は
いくら痛めつけても掘ってしまっても
簡単にすぐ生えてくるとでも思っているのか、
これ以外の答えは
ライターやファンだけじゃなく
各スポーツ関係者や現役選手、OBからでも
ほぼ見ることがない。
ウィンターブレイク中のヨーロッパよりも
冷たい反応しか返らないのである。

スポーツ施設の芝に関しては
そもそも現代の技術ではまだ不可能なのではと
思われる要求がなされることが非常に多い。
少なくとも野球はこの傾向がかなり強く、
「内野にも天然芝を敷いている
楽天生命パークのアマチュアの使用率を上げないのは
楽天がケチだからだ」
「人工芝を巻き取らなければ
ホバリングステージを入れられない札幌ドームに
巻き取り不可能なロングパイル人工芝を敷かないのは
札幌ドームと市の怠慢だ*3」など、
こうした無理難題の例は枚挙にいとまがない。
ラグビーやサッカーの場合は
先述の「スタジアムの専用使用」デマが
広く浸透しているためもあってか
秩父宮、秋津をはじめとして
徹底的に採算を度外視させる要求が強く出るが、
これに関しては
プロ野球16球団構想Jリーグ秋春制*4
リーグワンの「東京一極集中」批判など
むしろ日本のスポーツ関係への批判全般に
当てはまる問題点でもある。

「いや天然芝じゃなければだめだ」
と言うのならどうすべきだろうか。
それは寛容になることである。
使い込まれたことで
フィールド上や野球場の内野の芝のほとんどが掘られ
あちこちで土がむき出しになってしまっているような
1980年代のラグビーの映像などでしばしば見かける光景が
今後頻出するかもしれない。
これまでの日本では
少し芝の生育状態が悪いと
どのスポーツでも管理側に対する非難と暴言の嵐だった。
しかし天然芝という形態そのものを保つことが大事だと
言うのであれば、
不可抗力の部分に対して
もう少しは寛容にならねばならないのだ。

*1:埼玉スタジアム2002は実際にこうなっている

*2:各スタジアムや協会等へ実際に投げかけられる言葉はもっと汚い

*3:2020年開場で札幌ドームと同様の形態を採用しているラスベガスのAllegiant Stadiumも人工芝は巻き取り式。しかも札幌ドームの場合は、サッカーのフィールドサイズよりも大きい野球のフィールド上にステージを置かなければならない

*4:リンクはこのブログと私のnoteである。ご容赦いただきたい