「野球が『天皇杯』がやらない」理由
野球に対してはしばしば
「野球でも『天皇杯』をやれよ」と言われることがある。
特に多くなるのは
サッカー天皇杯でジャイアントキリングが
見られたときだ。
ただし野球では
「天皇杯」が授与される大会が既にある。
それも年2回、
東京六大学野球の優勝チームが
その栄誉に輝くことになっている。
なので
「野球はなぜ天皇杯をやらないんだ」の話は
これで終わってしまうのだが、
ここで「天皇杯」を主張する人の中には
この事実を知ったうえで
「サッカー天皇杯のような」
「その年の日本一を決める」
「プロアマ混合の大会」
を求める人も何人かに一人いるだろう。
この前提でもう少し話を続けよう。
プロ野球が試合をこなすには
最初はプロ野球、NPB側の視点だが
「天皇杯」を行うには明らかな問題点がある。
何よりも大きいのは日程の問題だ。
プロ野球の日程消化に必要な日数はどのくらいか。
現在のNPBでは
同リーグとの試合が25×5=125、
交流戦が3×6=18の計143試合。
日程は基本3連戦で週6戦なので
同リーグチームとは3連戦×9対戦を組み、
そこから2×5=10試合分を
地方開催の移動日などにあてて削っていく仕組みになる。
すなわち3連戦計45回で22.5週。
ここに
予備日を含めた交流戦3.5週、
オールスター2試合0.5週を加えて
26.5週になる。
今年の大まかな基本日程はこう。
実際に26.5週になっていることがわかるだろう。
プロ野球のレギュラーシーズンは
3月末から9月末まで
びっしり組み込まれているのだ。
さらに10月10日ごろからは
CSと日本シリーズが
10月末から11月頭まで続き、
その年の天候次第では
雨天、台風等による中止の代替試合が
CS直前まで行われる。
つまりプロ野球側は
休養・移動日にあてられることが多い月曜日以外、
7ヶ月以上にわたって空きが作れないのだ。
余談だが
NPBが提案している公式戦年間5試合増とは
この各対戦カードから削る試合数を
2試合から1試合に減らすという意味と思われる。
NPBからすれば
実現がさほど難しくない提案なのだろうが、
選手にとっては
移動日や年俸がそのままで試合数だけ増えるのは
ただの負担増でしかないし、
試合数を増やそうとしているであろう球団側も
悪天候で中止になった試合とその代替試合による損失を
日程消化を間に合わせながら
最小限に抑えていけるのだろうか。
アマチュア球界の現状
ここまでNPB側の難点を見てきたわけだが、
「天皇杯」を主張する人たちは
「なら月曜日にやればいい」と言うかもしれない。
では次に
サッカー天皇杯だと主に各都道府県代表枠にあたり、
かなりの数の強豪チームに
出場権が自動で与えられる可能性もある
アマチュア野球を見てみよう。
大学野球の特殊な制度
大学野球も日程調整に重大な意味を持つ。
東京六大学との兼ね合いで
基本的に平日に行われる東都一部リーグや
気温等の関係で
4月と10月には試合をしない
札幌、北海道、北東北といった一部の例外を除いて、
大半の大学野球は基本的に
4、5、9、10月の土日に行われる。
「土日なら全然問題ない」と思うかもしれないが
これまた大半の、特に土日開催の大学野球は
2戦先勝というか2敗敗退方式の勝ち点制を採用しており、
どちらかが2敗していないか雨天による延期は
月曜日以降に持ち越される。
先ほどプロ野球は月曜しか空いてないとわかったが、
そのうち4ヶ月間の月曜日は
大学野球も予備日で参加できないのである。
特に東京六大学は
東都一部の日程も考慮しなければならないので
月曜の試合をさらに順延する選択肢がない。
また6月10日前後から
大学日本選手権が7日間かけて行われるため
この期間も月曜日は空いていない。
さらに
10月に試合をしない北東北、札幌、北海道は
8月中旬から下旬にかけて秋のリーグ戦が始まる。
11月には大学と高校の代表が参加する
神宮大会もある。
結局のところ
大学野球で月曜が空くのは
6月下旬から8月10日前後までということになる。
社会人にとっての1シーズン
実際のところ、
「各都道府県代表戦」と聞いて
社会人やクラブチームはどんな反応をするのだろう。
半数以上の社会人、クラブチームにとって
都道府県代表は都市対抗一次予選そのものでしかないからだ。
こちらの日程を見るとわかるが、
都市対抗一次予選は
47都道府県のうち28ヶ所が都道県代表決定戦。
春季大会、夏の甲子園予選と
たいして変わらない代表決定戦を行う羽目になる
高校野球*1と同じ憂き目にあうわけだ。
社会人の場合は
そこから都市対抗二次予選と日本選手権代表決定戦*2、
クラブチームは
同じく都市対抗二次予選と
クラブ日本選手権または日本選手権代表決定戦*3もある。
これらの各予選は
本戦の時期によって多少前後するが
概ね5月から6月。
7月の高校野球予選と重ならない時期に行われる。
言い換えれば
7月は「天皇杯」序盤で使える球場が
高校野球で埋まるということだ。
さらに言うと
この各全国大会本戦も問題で、
都市対抗が今年は8月だが近年は概ね7月下旬、
クラブ選手権は9月。
それぞれ東京ドームとベルーナドームで開催されるが、
日本選手権は京セラドームで11月である。
日本シリーズの可能性も考えれば妥当な時期だろう。
社会人はまた
シーズン終了が遅いだけではなく
シーズン開始も早い。
東京スポニチ大会が3月10日前後、
スポニチ大会と同じく
日本選手権出場権をかけた各JABA大会が
4月から5月に次々と行われることもあり、
3月下旬は
企業チームの各地域内での大会が組まれることも多い。
「『天皇杯』をオープン戦やオフの時期にやればいい」と
思う人もいるようだが、
3月や11月が代表戦で埋まる
WBC、プレミア12などがない年であっても
この主張は成り立たないのである。
「天皇杯」と引き換えにされるもの
野球が他のスポーツと大きく違うのは
現在のプロ野球のように週6日、
状況次第では週7日試合が可能な点。
それでいながら雨に非常に弱い点だ。
にもかかわらず
雨が多い日本の環境で
試合を詰めこめるだけ詰めこんでいるのが
プロ野球であり、
プロアマ含めた日本の野球界である。
そこへさらに「天皇杯」を加えるのは
過密日程どころの騒ぎではなく、
たとえ
NPB、JABA、全日本大学野球連盟、高野連などを
一元化したとしても
実現できるような大会ではない。
基本的に週1のサッカー*4とは条件が全く異なるのだ。
しかもサッカー天皇杯の開催規程第9条には
「その時点における最強のチーム(ベストメンバー)を
もって試合に臨まなければならない」とあり、
野球でも同じ条項が要求されるだろう。
これによって
最も不利益をこうむるのは酷使される選手たちで、
最も利益を得るのは
普段のリーグ戦もアマチュアの各大会も興味ないが
ジャイアントキリングの事実だけを見たい人たちだ。
「野球でも『天皇杯』をやれ」という要求は
はっきり言って
「自分以外の全てに自己犠牲を強いて自分の欲求を満たしたいだけ」
でしかないのである。