スポーツのあなぐら

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高校野球の大会がリーグ戦にならない理由

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現在も
シングルイリミネーションのトーナメントが主流の高校野球に対し、
「トーナメントをやめてリーグ戦にしろ」という声を
しばしば目にするようになった。
「勝利至上主義からの脱却」や
「投手酷使の防止」などが
その利点として挙げられるのだが、
デメリットに関しては
指摘する人が全くおらず、
リーグ戦に移行しないのは
ただの高野連の怠慢のように扱われている。

 

高校野球のリーグ戦に問題点はないのか

高校野球の主要な大会がリーグ戦になっても
本当にデメリットはないのだろうか。
実際はかなり重大な問題が発生する。
そして主な問題は
参加校の多い地域で噴出することになる。
地方大会の参加チーム数が
愛知に次いで多い神奈川*1を例に見てみよう。

 

神奈川の高校野球がリーグ戦だったら

昨年夏の神奈川大会に参加したチーム数は176。
さて2021年夏の神奈川大会の試合数はいくつでしょう。

 

 

 

これは誰でもわかる問題。
答えは175試合ですね。
ではここで
トーナメントをリーグ戦に変更し
その後リーグ戦1位チームによるトーナメントを行うとすると
総試合数は何試合に増えるだろうか。
答えはこうなる。

リーグ戦試合数

総チーム数が176なので、
最も都合がいい8チーム22リーグだと
試合数はリーグ戦616+トーナメント21で
計637試合。
大学野球プロ野球でなじみの深い6チーム制では
6チームと7チームの計29リーグとなり、
合計は475試合。
1リーグのチーム数が多ければ多いほど
総試合数も多くなっていく。
4チーム1試合総当たりのリーグ戦なら
各リーグの試合数は少なくなるが、
現在の高校野球でも
春と夏のトーナメントで
最低2試合は行われるのに、
リーグ戦敗退チームは
1試合増えただけの3試合しかない。
しかもその後には
参加チーム数が全地区で13番目に少ない
山形、大分と同じ44チームによるトーナメント戦。
これだと
何の意味があるリーグ戦なのかわからない。
4チームであれば2試合総当たり、
1試合総当たりなら
6チーム以上によるリーグをベースにしなければ
リーグ戦開催の意味がなくなるだろう。
つまりリーグ戦としての意味を持たせるのなら、
現行の3倍近い試合数が最低条件ということになる。

 

リーグ戦を行う場の問題

ではここで本当の問題だ。
これだけの数の試合はどこで行えばいい?

球場はタダではない

2021年夏の神奈川大会で使用された球場は11ヶ所。
昨年は
例年使用される横浜スタジアムが使えなかったため
実質的には12ヶ所、
神奈川県内には
試合ができそうな球場がもう少しあるので
球場の見た目の数だけなら
そこまで困ることはなさそうだ。
しかし実際には、
横浜DeNAベイスターズ一・二軍ホームである
横浜スタジアム横須賀スタジアムはあまり使えない。
さらに県内各地で試合を行う
神奈川フューチャードリームスや
時期は短いが都市対抗の西関東予選、
5月からリーグ戦を行うなら
神奈川大学野球もバッティングするので、
日程の調整が難しい。

そして何よりも問題なのが
球場の使用料だ。
まず単純に試合数が激増する。
また野球部員の授業時間を
そこまで長期間拘束するわけにもいかないし、
アメリカの高校野球リーグ戦のような
14~15時台あるいは18~19時台の試合開始だと
「午後の授業時間を潰した」
「(時期によっては)熱中症になったらどうする。ナイターでやれ」
ナイトゲームで金もうけをしようとするな」と叩かれ、
試合時間を短縮しようと7イニング制を採用すれば
「9イニングやるのが野球の本分。7回制は邪道」と
やはり叩かれるだけだから
平日は試合数がかなり限られる。
できて平日は午後から夕方にかけて1日1試合、
土日も多くて1日3試合ずつといったところだろうか。
これらによって
球場を借りる日数と時間数が膨れ上がるため、
各球場の使用料やその他諸経費も
それだけ膨大な金額になってしまうのだ。
また各球場を「専有」する期間が長くなれば、
一般市民が草野球などで使用できる時間もそれだけ減る。
各地の市民球場にとっても
存在意義を問われる問題となりかねない話だ。

全国大会のリーグ戦も
同じ理由で不可能という結論になる。
さらにここ数年声高に叫ばれている
京セラドーム大阪を使用するとなれば
1日の使用料は1000万円どころでは済まない
「球児のため」と称して
内外野総天然芝のほっともっとフィールドを使わせても、
芝の関係で
行える試合数はせいぜい10日前後で10試合強まで
どちらもトーナメントですら難しいのに
リーグ戦ではなおさら無理だ。
また
アメリカの大学野球も全国大会は
あくまでシングルイリミネーションではないだけで、
リーグ戦は行われていない。

アメリカにできて日本にはできない理由

アメリカの高校、大学野球では
リーグ戦が行われているが
その試合数は
日本の大学野球よりはるかに多く、
平日でも当たり前のように試合が行われる。
なぜこのようなことができるのかといえば、
各校の「球場」で試合をするからだ。
大学だとNCAAのDiv1なら
弱小のリーグ所属でも最低500人程度。
強豪校は四桁から1万人以上の観客席を持ち、
マイナーリーグと共用することもある。
芝は内外野ともに
天然芝か人工芝が敷かれている。
高校ではさすがにそのレベルまではいかず
外野のフェンスなどがない高校も珍しくないが、
言い換えれば
どこの高校でも
球場として耐えうる最低限以上の広さを有しており、
上のディビジョンに所属する高校なら
100~300人程度の観客席も備えてある。
そんなに人気がないはずの高校野球ですら、
日本で例えるなら
関甲新の試合が行われる
白鷗大や上武大レベルの球場を
所有していることになるのだ。
さすがに天然芝を維持するほどの金はないのか
大学よりも人工芝の比率が多くなっており、
日本のように内野が土の場合もある。

翻って日本の高校はというと、
甲子園に出場するような強豪校であっても
ベンチ程度の観客席を備えた「グラウンド」は少ない。
また甲子園を意識してか
内野は土になっているグラウンドも多いが、
外野のほうは
甲子園を意識した天然芝はおろか
人工芝が敷かれているグラウンドすらあまりなく、
内野とは違う種類の土になっているか
外野が天然芝のグラウンドでも
剥げあがってしまっているところが大半だ。
甲子園の外野フェンス際が今年人工芝に替わったが
それと同じ理由だろう。

そして何よりも狭い。
ここで、
高校通算HR数をめぐって
その狭さを揶揄されることも多い
神港学園のグラウンドを見てみよう。

狭い理由はもはや明らかである。
土地がないのだ。
まずこの場所、
神港学園の校舎から車で40分はかかる
山の中に作られている。
これに近い環境は
大阪桐蔭など関西ではよく見られるもので、
神港学園の校舎自体は住宅街にあるため
体育などで使うグラウンドも
校舎から少し離れた場所にある。
そして何とか山の中に作っても
道路と森と山に囲まれているので
球場サイズの平らなスペースを確保するには限界がある。
ましてやそこに
観客席を備えるのはとてもじゃないが無理だし、
住宅街の真ん中で観客席のスペースを確保できても
公式戦が行われれば騒音問題も発生する。
平坦な広い土地を確保できるアメリカとは
全く状況が異なるのである。

この点でも
地方の都市部以外ならまだましと考えられる。
おそらく一番厳しいのは東東京、東京23区だ。
実際、住宅その他もろもろが密集しすぎているので
強豪校でも大半の野球部のグラウンドは他県にあり、
校舎内にグラウンドがある帝京高校などにも
拡張して観客席を置ける場所はない。

 

「できない理由」も「目的」なのか

高校野球でリーグ戦を行う試みは
各地で行われている。
しかし地方で参加校数も絞ればまだ可能だが
これを全国規模で行うのは以下の理由で不可能だ。

  • リーグ戦にすると参加数の多い地域では試合数が極端に多くなる
  • 日本の高校野球は非常に人気が高く観客も多数詰めかける
  • 激増した試合をこなす地方球場を確保するには日数も金もかかりすぎる
  • 各校のグラウンドには公式戦に必要な広さも観客席もなく、有観客の試合はできない

日本特有の課題が多く、
しかも「高野連が保守的」といった低レベルな問題ではない。
現在の高校野球が抱えている問題点とも
別個の話であり、
リーグ戦はただ単純に不可能だからやらないのである。

しかし
今言った「リーグ戦が不可能な理由」が
目的だとすると話は変わってくる。
つまり

  • 「試合数が増える」のなら参加するチーム数、すなわち野球部そのものの数を大幅に減らせばいい
  • 「地方球場を確保する金がかかる」のなら無観客か入場無料にして使用料*2を抑えればいい
  • そもそも観客が押し掛けるような高校野球の人気がなくなれば球場もグラウンドに観客席も必要ない

観客席には
関係者やプロアマ問わずスカウトなども座るはずなのだが
まあそれは置いておくとしよう。
ただ
先ほど書いたような理由を全て承知の上で
100年以上続く高校野球の人気を除去し、
全国大会も当然のごとく廃止し、
ひいては部活動やクラブ活動も廃止させる

本当に球界や球児の将来を考えての主張なのか
単に高校野球高野連に私怨でもあるのか
そういったところまではわからないが、
高校野球のリーグ戦化も
こうした最終目的のための過程だとすると、
あまりにも大きな課題が多い主張の説明もつくのである。

もしくは
こうした現実に全く考えが及ばないだけかだ。

*1:愛知179。都道府県単位では東京が257、北海道が177

*2:地方球場は入場料をとる場合の使用料がおおむね1.5~2倍になる