スポーツのあなぐら

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プロ野球に要求されるMLBにはない「完全ウェーバー」と「FA補償」

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日本のプロ野球に対してよく主張される
ドラフトの「完全ウェーバー」。
この「完全ウェーバー」は
FA選手の獲得・流出に伴うドラフト1位指名権の譲渡と
セットで主張されることも多い。
個人的には抽選より
NFLスタイルの完全ウェーバーのほうが好みなので
完全ウェーバーに関しては
むしろ反対はしないのだが、
その立場から見ると余計に気になるのが
完全ウェーバーのデメリットが一切語られない点だ。
しかも
このデメリットの一つタンキング(敗退行為)は
机上の空論どころか
MLBNBAで深刻な問題点として扱われ、
MLBがロッタリー制度を導入するきっかけになったにも
関わらずである。

さて今回考えてみたいのは
完全ウェーバーが主張されるさい
枕詞として頻繁に使用される
MLBのように」「アメリカのように」
だ。
まあタンキングやロッタリーの話で
既に一つオチがついてしまってはいるのだが、
このようなごく最近変化した話とも異なる、
もっと不可思議な点について見ることにしよう。

 

① 完全ウェーバーと「残酷ショー」

完全ウェーバーを要求する人には
「選手の未来をくじ引きで決めるなんて不謹慎だ」と
「完全ウェーバーにして見せ物ショーをやめろ」という主張が
少なくなく、
「完全ウェーバーにすれば自分の思い通りになる」
MLBのようにショー要素を排除すべきだ」と
考えている人が一定数いる。
しかしアメリカの完全ウェーバー
日本よりもはるかにショーアップされている。
NFLNBAなども念頭に
「抽選より完全ウェーバー制のほうがもっと盛り上がれる」と
言う人もいなくはないが
日本だと圧倒的に少数派だ。
特に今年も4月下旬に開催されたNFL
候補選手のレッドカーペットや終了後のバンドのライブなど
3日間で実に様々なイベントが行われ、
総観客動員が31万人、国内の総視聴者数5,440万人にも達する。
現地や中継では
日本で批判の多い指名選手へのインタビューが行われるし、
招待選手が初日の1巡に指名されなかった場合は
日本で言うところの「残酷ショー」にもなる。

そしてこのようなドラフトのショーアップ化では
他のスポーツより圧倒的に遅れていたMLB

開催時期を6月からオールスター前にずらし、
会場に多数の観客を入れるイベントへ変わりつつある。
ただ昔のMLBだと
中継が一切行われない、あってもネットのラジオ中継しかなく
「ファンを締め出して極秘にゲームをやっている」と
マネーボール』で書かれるような時代が長く続いたし、
NFLも1980年ごろは
観客1000人を入れているときのプロ野球
毛の生えた程度ではあった。
その点では
今は消滅したものの昔のアメリカには存在していた
「太古の完全ウェーバー」が要求されている
とも言える。

 

② 完全ウェーバー制での指名選手の契約金

MLBに契約金はないか激安」?

次に見たいのが
完全ウェーバーになった際の指名選手の契約金。
これまでは
1巡以外の抽選がなくなった後も
指名される巡目と出自によって
全チームの契約金と年俸が
ある程度一律になっていた。
たとえば
昨年の1巡指名では
NPBは1位指名の公言が多かった影響もあるのか
ホークスのイヒネ・イツアが8000万円だった以外は
高校生も含めた11人が1億円。
過去4年間の2巡だと
たまに例外もあるが
大学生と社会人なら概ね7000万円、
高校生なら6000万円といったぐあいである。
これはおそらく
全ての順位で抽選が行われていた時代の名残でもあり
裏金や密約等を予防するためでもあったのだろうが、
同じ巡目でも
その指名順によって差を設ける完全ウェーバー
このようなことをすると、
特に注目を集める1巡ではさすがにおかしな話になる。
もしプロ野球
抽選を廃止して完全ウェーバーにする場合、
契約金はどうするべきなのだろうか。

そうなるとどういうわけか、
完全ウェーバーを唱える人には

希望契約金A

たとえばこのような形で
全体1位から少しずつ下げていけばいい、
今の制度を変えない、
ぐらいに考えているのはまだいいほうで、

希望契約金B

これでも「ぬるい」と叩きそうなレベルでの
契約金の減額や

希望契約金c

契約金そのものを廃止しろと主張する人が少なくない。
元プロだとさすがにそういう主張はあまり見ないが、
外部のSNSやライターなどにわりと見かける。
しかも減額、廃止した契約金を
年俸の増額や複数年契約などで補うという主張は
全く聞かれず、
それどころか
「一軍でまだ活躍もしていないのに
契約金や給料を得るのはおかしい」というのが
この主張の根幹にあるようだ。
そして
マイナーリーグハンバーガーリーグ」の
イメージが強いためか、
そのような主張の枕詞として
MLBのように」「アメリカのように」が
しばしば使われている。

 

完全ウェーバー制の現実の契約金

それでは
2022年MLBNFLの全体12位までと
NPB1巡指名選手の契約金を見てみよう。
その年の年俸と出来高払いは含めない。

1巡指名契約金

2023年5月上旬よりやや円高の1ドル130円で計算した。
1位からウェーバーMLB
全体1位指名が819万ドル。
12位までの最低値は400万ドルで、
全チームが1人ずつ指名した30位までを見ても
最低額は205万ドル。
指名順によって
契約金と年俸の上限・下限が厳格に定められている
NFLはさらに高く、
1巡最後の32位でも550万ドルとなっている。
NPBの1巡最後は
NFLの約1/9、MLBでも1/3~1/4だ。

下位指名契約金

逆にMLBNFLでは
プロ野球での過去4年の支配下最低額や育成選手支度金を
どのぐらいの選手が上回っていたか。
NFLは最低額が77,008ドルなので
1000万円未満は1人もいない。
2022年のMLB
日本の育成選手最高額を下回る選手が
過去3年間の育成指名選手49~57人より少なく、
下位指名の契約金に関しては
NFLよりもMLBのほうがやや手厚くなっているが、
これはマイナーリーグの給料が安いぶんを
契約金での上乗せで補っている側面もありそうだ。
NFLは全指名選手の最低年俸額が約45万ドル、
7巡補充ラウンドでも約72万4000ドル以上が基本。
ちなみに「マネーボール・ドラフト」と言われる
2002年のアスレチックスは
最初に指名した4人に575万5000ドル、
1巡合計7人には758万ドルの契約金を支払っている。
全チームの全体30位までの最低額は112万5000ドルで、
のちに日本で活躍した
この年全体1位のブライアン・バリントンは400万ドル。
契約金がしっかり支払われるようになったのは
つい最近のことではない。

 

NPBが完全ウェーバーになった場合の契約金は

もし完全ウェーバーにした後、
なおかつできるだけ現在の待遇を維持したまま
契約金の額を定めようとするとどうなるか。

契約金例

一例として
かなり大雑把に金額を作ってみたのがこの表。
基本的にはこうした目安の金額を設け、
実際の細かい契約は
ある程度各チームの裁量にゆだねることになるか。
というのも
高校生の指名ができないNFLと違い
MLBは高校生や短大などの指名が、
さらにNPBは社会人なども指名可能なため、
1年目の選手に出せる金額を
その出自や予測される成長スピードに合わせて
大きく変えざるをえないからだ。
なので
NFLほど厳格に金額を定めることは難しく、
基本力の上限・下限を広めにとりつつ
MLBのように
同時にウェーバー順に応じた
チームの指名全体での契約金の上限を定める。
NFLよりかなり不完全に見えるが、
こういったやり方を含めた
野球ならではの措置をとる必要が出てくるだろう。

 

③ FA選手獲得に伴う指名権譲渡

アメリカにはない「指名権譲渡」の要素

もう一つ要求されているアメリカにないもの、
それはFA選手獲得によるドラフト指名権の譲渡である。
「嘘をつくな。そんなわけないだろ」と言われるだろう。
日本では
「FAの人的補償は廃止して
MLBのようにAランクは1位、Bランクは2位…というふうに
ドラフト指名権の譲渡に変えろ」という主張を
目にすることが非常に多く、
シーズンオフ以外も頻繁に目にするうえに
プロOBが主張するケースもかなり目立つ。
またMLBの部分は
指名権トレードが頻繁に行われるNFLになっていることもある。
しかし、
プロ野球に対して要求されるこの「指名権譲渡」は
二つの意味でアメリカには存在していない

まず一つめは
「現在のMLBにない制度」ということだ。
2014年以降のMLBでは
指名権の剥奪・譲渡によるFA補償が廃止され
選手が流出したチームへ
条件に応じて
各補償ラウンドで指名権が追加されるだけになった。
なので1巡指名で
1チームが2回以上指名を行えるのは2013年が最後、
指名権譲渡が廃止されてから
今年でもう10年になるわけだ。
一方のNFL
たとえば今年のNFLでは
ドラフト前に
ベアーズの全体1位指名権がパンサーズ*1へ譲渡、
ドラフト当日には
全体2位指名を行った直後のテキサンズ
カージナルスから全体3位指名を獲得*2するなど
たしかにトレードは活発に行われているが、
FA選手の流出による指名権獲得は
特定の条件を満たした場合の
指名権追加に限定されている。
こちらは過去の歴史を見ても
FA選手獲得による指名権剥奪は行われていない。

次のポイントは
この表を見ていただこう。

1巡FA補償

FA補償として指名権剥奪・譲渡が行われていた
1978~2013年のドラフトで、
実際に譲渡された全体指名順最上位の一覧だ。
1桁が一度もないばかりか
ほとんどが14~16位以降。
このことからもわかるように
かつてのMLBでの1巡指名権譲渡は
1巡後半のチームに限られており、
前年の成績が悪かった前半のチームは
FA選手を獲得しても1巡指名を剥奪されない。
つまりアメリカには
FA補償として全体1位を含む
1巡上位指名を剥奪、譲渡する制度は
いまだかつて存在していない
のだ。
なおNFLの指名権追加は
3巡以降のどこかの巡目のみ。
戦力均衡に最も力を入れているNFLだが
FAに関してはMLBよりもさらに緩い。

 

もしFAとドラフト指名権に関係を持たせるなら

もしFAの人的補償を廃止したうえで
何が何でもドラフト指名権とリンクさせたい場合は
どうすればいいか。
まだ公平になりうる方法は
2巡か3巡以降の各巡目終了後に
選手のランク等に応じた
追加ラウンドを設けることだと思う。
なぜ譲渡にしないかというと、
まず日本のFA制度では
MLBなど海外へ移籍した場合の補償が皆無。
しかもドラフト指名権を
海外の球団から剥奪することは不可能なので、
単純な指名権譲渡では
海外流出されたチームが一方的に損をするだけだからだ。
また契約金の問題もある。
FA流出の代わりに1巡や2巡指名権を譲渡してしまうと、
現在のNPBの年俸額では
流出した選手に支払っていた年俸とほぼ同額か
場合によってはそれ以上の金額を
契約金として支払うケースが続出する危険がある。
指名権を得たチームが払うにしても
FA選手を獲得したチームが代償として
指名権を失ったうえに契約金まで支払うにしても
あまりにも負担が大きすぎる。
逆に4巡からにしてしまうと、
全チームが7巡まで指名権を行使するNFLと違い
プロ野球では
4巡までで終了するチームがしばしば出てくるので
補償のスタート地点としては遅すぎるわけだ。

 

要求される「改革」の二つの間違い

なぜか使われる事実と異なる枕詞

「完全ウェーバーは唯一絶対の解答」。
完全ウェーバーを主張する人たちは常にこう言い張るのだが、
これに関しては
デメリットが白日の下にさらけ出されている。
あくまで
完全ウェーバーと1位抽選制、
FAに関する補償などは
メリット、デメリットを天秤にかけて
現状、将来の最適解を判断するほかなく、
これに関しては議論すべき要素が多々あるだろう。
これらの制度の導入を主張すること自体は自由だが、
その際に
既に明らかになったデメリットに口をつぐんだり、
今回お見せした
MLBのように」「アメリカのように」など
完全に間違っている枕詞をつけるのでは
とてもじゃないが議論にならない。
この主張をするのであれば
「日本流の完全ウェーバーとFA制度を確立して
MLBNFLもできていない戦力均衡を実現しろ」
とでも言えばいいだろう。
特にMLBは戦力均衡や共存共栄の部分で
NFLNBAにかなり後れをとっているのだから。

 

「戦力均衡」は要求する人たちの本当の理想と目的なのか

だが、そもそも日本で主張される
完全ウェーバーや指名権譲渡は
「戦力均衡」のためのものと言えるのだろうか。
少し考えるとこれは明らかにおかしいし、
過去のMLBの方法のほうがはるかに理にかなっている。
なぜなら
完全ウェーバーで全体上位指名権を持っているチームは
その年の成績が良くなかった下位チームである。
その下位チームがFA補強でチームを強化し
上位チームと戦力差を縮めようとすることは
「戦力均衡」の一環のはず
だからだ。
なぜそんな「戦力均衡」に対して
重い刑罰が与えられなければならないのか。
それに
指名権の譲渡すなわち剥奪にやたらとこだわり、
選手が海外へ移籍したチームへの補償や
現実の「MLBでやっている」「アメリカで行われている」
補償ラウンドでの指名権追加が全く主張されない
のも
かなり不自然だ。
このように考えてみると、
これらの主張が本当に求めているのは
「FA選手が出ていったチームに指名権を与える」ことではなく
「FA選手を獲得したチームに刑罰を執行する」こと、
すなわち「戦力均衡」ではなく
「大罪人に厳罰を与える」のが真の目的

のようにしか見えない。
それどころか完全ウェーバーのほうも
「極悪人が一番人気を獲る可能性があるなぞ許されない」
というただの私怨で主張されている可能性が高くなる。
プロOBが主張する場合は本気で
「完全ウェーバーと指名権剥奪・譲渡こそが
戦力均衡に最も有効な手段だ」と考えていそうだが、
もしそうなら
早くこの矛盾点に気づいてほしい。

だがこのような矛盾は
日本では日常茶飯事だ。
AクラスだろうとBクラスだろうと、
自由契約選手やトレードによる補強でも
FA補強の噂が立っただけでも袋叩きにされる
2009~11年以外のジャイアンツは言うまでもないが、
最下位に終わった2018年イーグルス
3年連続Bクラスだった2019年マリーンズなど
いわゆる「金満」ではないチームも
こうした袋叩きの対象にされている。
そうかと思うと
吉田正尚が移籍するとはいえ
リーグ連覇、日本一も達成した昨年のバファローズ
同リーグの下位チームから森友哉を獲得しても
何一つ叩かれることがなく、
近藤健介や嶺井博希などを獲得したことで
最終的には徹底的なバッシングを受けたが、
2位で資金力が非常に豊富なホークスも
同リーグの下位チームにいた
オスナ獲得が報じられたあたりまでは
これといって叩かれることはなかった。
こうなるとFA選手の獲得は
「自分たちの主張通りに若手を育成しているチームへのご褒美」か
「生え抜きが海外へ移籍したチームへの救済措置」の
どちらかにすぎないことになる。
FA補強を批判し罰則を徹底的に強化させたがる人たちの
主張の目的が本当に「戦力均衡」なのであれば
これらはあまりにもひどい矛盾であって、
「戦力均衡」が体のいい偽りの題目にすぎないことは
明らか
なのだ。
本当に「戦力均衡」を考えるのなら、
「FA補強は極刑に値する大罪」という認識を変えるか、
せめて
「戦力均衡」などという耳障りの良い欺瞞をかなぐり捨てて
「俺は俺様の言いなりにならないチームを処刑したいだけ」と
本心をぶつけないと
まともな議論にはならないだろう。

*1:2023年1巡(全体1位)⇔D.J.ムーア(WR)、2023年1巡(9位)、2巡(61位)、2024年1巡、2025年2巡

*2:2023年1巡(全体3位)、4巡(105位)⇔2023年1巡(12位)、2巡(33位)、2024年1巡、3巡