先日、高野連が
低反発金属バットのテストを行ったことが報道された。
今後高校野球では
このような木製バットに近い金属バットが
随時採用されていく予定だという。
この報道に対しては
「打高投低」な高校野球の改善につながるとして
歓迎する反応が多かったようだ。
ところでこれだと
ひとつわからなくなることがある。
今年の夏甲子園は
各スポーツ紙、夕刊紙では「投高打低」と報じられていた。
その一方で
これらの記事に対して
「今年は打高投低だ」と批判する人も決して少なくない。
いったいどういうことなのだろう。
- 2021年の高校野球は「打高投低」か「投高打低」か
- 低反発金属バットを用いるアメリカの実態
- 「『打高投低』の高校野球」に求められているバランス
- 「違反球」信奉で長打力は育つのか
- 「『投高打低が長打力育成に直結する』理由」とは
2021年の高校野球は「打高投低」か「投高打低」か
結論から言うと、
今年はここ最近のなかで
かなり投高打低の年だった。
過去10回の夏大会では
平均得点*1が最少、
OPSは二番目に低い。
HRこそ36本とそこまで少なくはなかったものの
打率と二塁打が少なく長打率が低かった。
各スポーツ紙や夕刊紙の総評のほうが
正しかったのである。
低反発金属バットを用いるアメリカの実態
ところでアメリカの高校野球では
しばらく前から反発係数を木製並みに抑えた
低反発金属バットが使用されている。
そんなアメリカの投打のバランスは
どうなっているのだろう。
ここでは
今年のドラフト全体3位Jackson Joseが在籍していた
Heritage Hall Schoolと
同じく全体4位Maecelo Mayerがプレーしていた
Eastlake高校を見ておこう。
なおアメリカの高校野球は
Divisionと階層で分けられたリーグ戦と
それ以外のチームとの試合で構成されており、
約2ヶ月で合計30試合程度が行われる。
平均して2、3日おきには試合が行われるため
常にトーナメント制の日本とは
対戦する投手の質の違いもあるだろう。
ただ最近継投が増えている日本の各地方大会も
日程、対戦する投手のレベルともに
ベスト8以降ならそんなに変わらないはずだ。
ちょうど強豪校対決が増え
レベルが拮抗し始めるころでもあり
比較対象としては充分と考えている。
まずはHeritage Hall Schoolが所属する
オクラホマ州の4A District1。
リーグ戦の平均得点は5.35、
全体では6.81と
かなりの得点力を有している。
Eastlake高校が所属する
Metro Mesaはもう少し投高打低。
リーグ戦のほうは
今年の甲子園にやや近いバランスとなっている。
それでも
この中で強豪の部類に入る
Eastlake高校の平均得点は
6点から7点という高さ。
なおMetro Mesaは
カリフォルニア州サンディエゴのセクションだ。
このように
低反発バットを用いているアメリカの高校野球は
なんやかんやで打高投低である。
しかも
アメリカの高校野球は7イニング制を採用している。
つまり日本と同じ9イニング制では
1試合あたりの平均得点がさらに上昇することになるのだ。
「『打高投低』の高校野球」に求められているバランス
ここまで見る限りだと
「今年の高校野球は打高投低」という主張は嘘である。
しかしこの主張が嘘ではないとしたら
どういうことになるだろうか。
唯一の可能性は
投高打低な今年も彼らにとっては打高投低にすぎない
というパターンだ。 では彼らにとって理想の野球とは
どのような野球なのだろう。
ここ10年の夏大会で最も投高打低な今年でも
「打高投低」と言われるのだから、
現在のプロ野球は当然「打高投低」になる。
その一方で
概ね3.5点程度の年が多かった
2016年までの春のセンバツ大会では
「打高投低」と批判された印象はあまりない。
であれば、高くても1試合平均3.5点が
彼らにとっての「正しい野球」ということになる。
これをプロに当てはめた場合、
プロ野球の歴史の中で
平均得点3.5点未満の時代は
非常に限られた期間しかない。
ごく一時期の例外を除けば
1973年セリーグが最後だ。
CL | 1955~62、1965~66、1970~71、1973、2011~12 | 15 |
---|---|---|
PL | 1956~58、1966~67、2011~12 | 7 |
そして今言った「ごく一時期の例外」は
使用球が統一された直後の2011、12年のこと。
すなわちここで言われる「正しい野球」とは
巷で「違反球」と批判されている時期の野球、
または「違反球」並みに投手優位だった時代の野球を
指すのである。
「違反球」信奉で長打力は育つのか
このいわゆる「違反球」では
ある程度以上の長打力を持っていた
中堅・ベテランはほとんどの選手の成績が急降下。
若手も特に2~4年目で統一球になった選手の大半が
この時期に停滞し、
かろうじて1年目から統一球を経験した選手が
そこまでのマイナスにはならず
反発係数の是正された2013年以降に
長打力を開花させていく程度だった。
現在のバットでも
低反発バットのアメリカより投高打低な
日本の高校野球で
金属バットを低反発にした場合、
目的の一つである
打球直撃による大怪我の防止には
効果があるかもしれないが、
巷で言われている
高校生全体の長打力の向上には
ほぼつながらないと見るのが自然だ。
肉体改造やフォーム解析に
ある程度時間と金を使える強豪校ならまだしも、
それ以外の高校では
選手が少しでも試合で結果を出せるようにするためにも
「転がせば何かが起きるかもしれない」ゴロ打ちとバントに
打撃リソースの大半をつぎ込まざるをえなくなる
のではなかろうか。
「『投高打低が長打力育成に直結する』理由」とは
それにしても
あまり長くない期間とはいえ
プロでも投高打低の実験がすでに行われ、
投高打低な大学野球からも
長打力の高い選手が量産されたという事実はないのに
「投高打低になればホームランバッターが育つ」
と錯覚する人が少なくないのはなぜだろうか。
二つの理由が考えられるが、
どちらにも共通しているのは
「長打力の高い野球はレベルの低い偽の野球」
という思想にある。
一つ目は単純に
「投高打低な野球が真の野球」という考え方。
たまに先頭打者が出塁し
次の打順では盗塁、バントなどで塁を進め
後続の打者が返したランナーを
エースが完封して守り抜く。
これで点が取れない場合は
唯一長打を打てる四番打者が一振りで決める。
それが理想の野球なのだろう。
そしてもう一つが「長打力の神格化」で
特に張本勲、廣岡達朗といった
プロ野球OBにも共通している。
これは
長打をただ軽視しているのではなく
「HRは生まれながらに与えられた天性の才能を持つ
ごくごく一部の打者にだけ許されるもの」
という意味*2である。
裏を返せば
「『天性の強打者』以外が長打を打つのはおかしい」
という思想でもあるわけで、
飛ばないバットやボールは
「真の強打者を育てる」大義名分以外に
「真の強打者と偽の長打力を選別する」ためにも
必要不可欠なものとなるのだ。
スタメン打者9人がどこからでもHRを打つ
現在のMLBを「低レベル」と毛嫌いしているのも
これが理由の一つだろう。
本人たちも
「長打力を重視している」からの主張であって
長打軽視につながるとは考えてもいないため
なかなか厄介な思想でもある。
低反発金属バットを実際に採用する高野連はともかく、
外部の人たちが
声高に「打高投低」批判をする場合は
こうした思想が裏にあることを知っておくべきであろう。