「NPBで投手指名が多いのはプロ球団の視野が狭いから」?
このような批判は
野手の指名が好きなドラフト評論家や、
NPBをとにかく叩きたい人を中心にしばしば見かける。
大まかに言うと、このての主張は
「現場が翌年の結果にばかり固執するから*1」と
「日本は実際の貢献度を見ず『投手からチームを作る』ことにこだわるから」
の2パターンに分かれている。
どちらも「日本球界は旧態依然として非合理的だ」との
主張に基づいているのは共通だ。
これらの主張にさらに説得力を持たせてしまったのは、
おそらく1992年のヤクルトだろう。
この年最大の目玉である松井秀喜入札を推したスカウト陣に対して、
当時の野村監督が投手の指名を強硬に主張したという逸話*2だ。
しばらくは「実際に戦っているのは現場だ」と
昔の人気ドラマにありそうな理由で支持されていたが、
現在こう主張する監督が出てきた場合は、
単なる「監督の保身」程度にしか扱われなくなっている*3。
そこにはどのような合理性が見いだせるか
しかし、現在のNPBで投手の指名が多い理由は本当にそんなことなんだろうか。
実のところ、このブログではそうした指名の合理的な理由をいくつか示してきた。
それをもう一度見てみよう。
① 投手と野手の人数
まずは前回出した主力投手と主力野手の人数。
約30年前に比べると、
野手の人数は1年間の平均でも4年間の合計でもほとんど変わっていないのに、
投手は1年平均が3.5人、4年では10人弱増えている。
それでも前回の表を見ると、1年平均人数・4年合計人数とも野手のほうが多い。
やっぱり野手を多く獲らないのはおかしいじゃないか
と思った人も多いだろう。
しかし、あの表の中には既に違う答えが見えている。
もう一度前回の表を出してみよう。
右側に、1年で入れ替わる選手数の平均を出してみた。
そう、主力選手の合計数は野手が投手を上回っているが、
実際に入れ替えられる選手の数は
10年以上前から野手よりも投手のほうが多くなっているのだ。
② 投手の戦力外の早さ
もう一つ見ないといけないのは、戦力外速度の違いだ。
ここで出したように、
プロ入り後4年以内に戦力外となる投手の数は
野手の3倍以上になる。
それも高卒投手と社会人投手の比率がかなり高い。
さらに時代別でみると、
野手は近年になればなるほど早期に戦力外となる確率が減少していて、
特に高校生野手はそれが顕著になっている。
単純に考えれば、こうなる理由は一つしかない。
野手は投手よりも長い時間をかけて育成されているからだ。
どうも「野手の指名が少ないのはどのチームも投手を重視するからだ」という主張は、
「投手を多く指名するとそのぶん投手の人数が増え、野手の人数が減る」
という謎の固定観念に基づいているように見える。
しかしだ。たとえば2010~11年巨人の本指名は投手11人に野手を1人、
2015~16年ロッテは投手12人・野手2人を指名した。
だからといって、この両チームの支配下選手がそれぞれの2年間で
投手の人数が野手より10人も増えたと思うだろうか?
少しでも考えればそんなはずはないと気づくはずなのだが、
どうもそうではないらしい。
ちなみに先ほどの巨人は2年間で投手:野手が36:34から35:34、
ロッテは34:33から34:35になった*4。
投手の絶対数は全く増えていない。
ちなみに野手指名も多いMLBはどうかというと、
これも以前説明した通り。
野手の早期FA数は投手と変わらないか、投手よりも多い。
③ 投高打低なアマチュア野球
それはいいとしても、
上位指名、特に1位・2位指名は24人中野手が10人に達することがほぼなく、
明らかに投手が多い。
野手は3位以下で指名されるケースが大半だ。
批判している人には1位指名しか見ない人も少なくないから、
この上位指名の傾向はなおさらNPB叩きの根拠の一つになるようだ。
その理由の全てに合理性を見出すのは難しいが、
重要なポイントとして挙げておく必要があるのは、
日本のアマチュア野球と独立リーグが極端な投高打低ということだ。
今年のNPB以外で投高打低ではないのは、独立のBCリーグだけ。
今年のBCリーグはかなりの打高投低になり、
平均得点5.64、平均防御率が4.92だった。
他は金属バットの高校野球・甲子園大会が防御率3点台から高くて4点台前半、
大学野球は防御率3点台前半から2点台が当たり前。
同じ独立リーグでも
アイランドリーグは平均得点3.84、平均防御率3.40だ。
一方、アメリカの大学野球はこちらで出したとおり。
たとえば投手成績を出したNCAAディヴィジョン1の16リーグ中、
平均防御率が5点台以上なのは半数以上の10リーグにのぼる。
今年のBCリーグすらはるかに上回っているわけだ。
こんな状況の日本球界で何が起こるかと言えば、
投手のインフレと野手の停滞だ。
投手のほうが早く成長していくし、
実際にはそこまで成長していなくても活躍することもできる。
逆に野手のほうはそうした投手と対戦することもあって結果に結びつきづらい*5。
投手の人気が上昇していくのは必然なのだ。
正直な感想を言えば、NPBのドラフトで
「なぜこの投手が上位指名?」と思うことは
実際の指名でもよくある。
雑誌や評論家などの評価に対してもそれは同じで、
個人的には「指名漏れ」と評価している投手が
1位・上位候補とされていることも決して珍しくはない。
とはいえ逆に「なぜこの投手が下位評価?」と思うことも時々あるので、
そこまで目くじらを立てることでもないだろう。
また指名する側の視点に立つと、
こうした偏りは決してマイナスとはならない。
他のチームが自分たちの評価が高くない選手に向かってくれれば、
自らはそれだけ欲しい選手を、
より多く、より安く獲得できる確率が上がるのだから。
野手の指名数を増やす方法
NPBのドラフトで投手指名が多い理由は
これでいくらか説明できる。
一言で言えば、投手は野手よりも常に多く入れ替えなければいけないのだ。
なら、野手の指名を今より増やすにはどうしたらいいだろうか。
真っ先に思い浮かぶのは支配下選手中の野手を増やすことだが、
だからといって投手の数を減らすのも正直得策とは思えない。
あとは70人枠を撤廃して二軍以降を充実させ、
各試合に必要な野手の数を強制的に増やすのも手かもしれないが、
日本の環境でこれが果たして現実的かどうかといえば甚だ怪しい。
では70人枠を維持したままで野手指名増加を可能にする方法はあるのか。
一つある。それは、
「野手は少しでも伸び悩んだら育成をさっさと見切り、
一軍スタメンに成長してもすぐに別な若手に入れ替える」ことだ。
つまり、「野手指名数を増やせ」と言う人たちが主張している
「野手は育成に長い時間がかかるが、伸びれば長く使える」は
ゴミ箱へ投げ捨てなければいけない。
*1:この主張も、別な意味では一利ないわけではない。新監督には「3年で優勝しろ」と言うのに、ドラフトでは10年後にピークを迎える選手を獲らせたがるファンが多すぎるのだ。何代後の監督に結果を出させるつもりなんだか。
*2:ヤクルトは1位で伊藤智仁に入札、3球団競合を制した。松井は4球団が入札
*3:今は野村監督のように「名監督」と言われる監督がいないのも理由だろう。
もっとも「名監督」が出ないのは「名監督=野村克也型」という意識がファンに根強いのも一因な気がするが。
*4:どちらも外国人選手を含む、開幕からしばらく後の数字。「こちら、プロ野球人事部」を参照
*5:単純に野手の出場機会がプロに比べて少ないというのもある