スポーツのあなぐら

主に野球のデータ、ドラフトについて書いていくブログ。更新頻度は気まぐれ

今年のホークスから学んではいけないことを学ぶ

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今後予想される「12球団がとるべきドラフトと育成の姿」

今年の日本シリーズ
ソフトバンクの4連覇で幕を閉じた。
今年に関しては衝撃などよりもむしろ
「どうやって巨人とセリーグを叩いてやろうか」と
手ぐすねひいて待たれているような印象のほうが強かったのは
気のせいだろうか。
そして案の定、初戦の時点から
「他のチーム特にセリーグはホークスを見習え」との声が
山のように聞かれている。
ドラフトや若手育成に関しても
場所だけを変えて全く同じ「ホークスの戦略」が
多数飛び出すことと思われる。
そして予想されるのは次のような主張だ。

  • 目の前の即戦力には目もくれず、とにかく5年先・10年先を見据えた高校生を指名する
  • 三軍制を活用し毎年大量指名する
  • 高卒の若手は早々に一軍スタメン固定し状態が悪くても使い続ける
  • FA・外国人補強は用いない

正直なところ判で押したような内容で
むしろ書いている私のほうが「またか」と言われそうですらあるが、
そもそも「良いドラフト」の定義自体、
ドラフト評論が世に出てから30年間ほとんど変化していない

のだからどうしようもない。

しかしそもそもこの「ホークスの戦略」は正しいのだろうか。
実のところ表面的に見ても間違いが多い。

 

ドラフトに関する間違い

まずは今年の戦力を見ておこう。

H2020主力

今年の主な戦力は
野手がほぼ一軍固定だった高谷を合わせて17人、
投手は14人。
これだけを見て
「投手より野手を多く指名しないNPBはおかしい」
という主張が必ず出てくる*1はずだ。

しかし昨年と今年の2年間では
野手19、投手22人で早くも逆転。
さらに日本シリーズ4連覇しているこの4年だと
野手24、投手29と差はさらに広がる。
数年単位の視点で見ると
「必要な一軍戦力数」は投手のほうがずっと多い


H2017-20F

ある程度の打席数に達した選手の一軍成績はこう。
これまでは
柳田、デスパイネ、グラシアル、松田宣の
大卒と外国人選手が打線を引っ張っていた。
柳田以外の3人の衰えが既に見えている状況なので
来年から再来年にかけては
彼らに代わる選手を輩出できるかがポイントになる。
一方で高卒勢では中村と今宮が安定している。
また捕手のバッティングが大きな穴になっているチームが多いなかで
そこそこの打撃成績を残し続けている甲斐の存在も重要だ。
その甲斐も今年序盤から中盤にかけてはボロクソに叩かれてたが。

野手の出自については
高卒の比重が高くなっている。
が、これは当たり前の話

H2008-20ドラフト

なにせ支配下指名は
2013年から18年までの6年間
大学生・社会人を1人も獲得していない

育成での大卒・社会人もたったの4人、
逆に高校生は支配下12、育成13人の計25人*2である。
今後は必然的に高卒選手の一軍起用が増えるはずなので
「ホークスの育成はすごい」ともてはやされるだろう。
だがこれは他球団、特にセリーグに問題があるわけではない。
支配下指名の大卒・社会人・独立出身選手台頭を
育成の成果とはかたくなに認めない
外部の人間の姿勢に問題があるだけだ。

一方で投手はここ3年間
高卒偏重の弊害を急ピッチで是正するドラフトが展開されている。
高校生投手は支配下1人、育成3人の計4人。
大卒・社会人は支配下6人、育成6人で計12人を指名した。
素材寄りで故障持ちが多い指名には変わりなく
1、2年目からの一軍即戦力は前評判ほどいないものの、
同じく外部評価の非常に高かった高卒勢の大半が
4・5年で育成再契約・戦力外になっていた時期に比べると
今年は二軍の有望株がそれなりに増えている。
2012・13年ドラフトとこの指名とで
2008~11年・2014~17年*3にかけて行われた
高校生偏重による戦力不足が少し改善された形だ。

H2017-20P

4年間で戦力になっていた投手の出自の内訳はこちら。
いわゆる生え抜きで
かつ出戻りの選手を除くと
高卒8、大社11となった。
なおホークス・他チーム問わず戦力になった確率を見る場合は
2008年以降の指名選手に限定しても
高卒には長谷川宙が、
大社には摂津正、金無英、山中浩史、飯田優也がいるので
この点は注意しないといけない。

 

起用に関する間違い

次はこの高卒選手たちが
いつごろ一軍スタメンに定着したかだ。

高卒野手定着年数・実働

4年以内で一軍に定着したのは今宮と上林だけ。
6年目に一軍スタメン定着した中村と栗原ですら
ホークスの中では早い部類に入る。
常に野手がある程度充実しているのも一因だろうが、
ホークスは
若手の一軍スタメン起用に時間をかけることが多い。
ほとんどの場合はしばらく控え中心で起用し*4
数ヶ月から数年後に自力でスタメンを奪取している。
前段階となる
ある程度の期間の一軍昇格も
二軍で充分すぎるほどの好成績を残している場合と
他に使える選手が残っていない場合のどちらか。
ここ1、2年で使われた高卒生え抜き選手だと
栗原や真砂が前者、釜元や川瀬が後者にあたる。

何よりも問題なのは
工藤監督が
「〇〇を聖域にするな。若手をスタメンに固定しろ」と
日常的に批判されていること
しかも「使え」と言われる若手は
高卒2、3年目の増田珠、野村大樹、リチャードや
育成枠だった田城飛翔など
より若い選手に集中していて、
そこまでの二軍成績ではない若手が多い。
つまり
現実のホークスが行っていないばかりか
行わないことを理由に監督が猛批判されている戦略が
「ホークスの行っている戦略」と主張されるのだ。

 

「ホークスなら許される」が「他のチームは許されない」戦略

これは今まで何度か書いているので
ここでは詳しくは書かないが、
ホークスと他のチームで明らかに反応が違うのは
戦力外と育成枠の使い方だ。

怪我による支配下選手の育成契約に関しては
ホークスでも今年11年目の川原が成功例になり、
今オフはこれまで以上に
故障で長期離脱を余儀なくされた若手の育成契約が続出しているが、
大半のチームでは
「若手を大事にしない」
「他のチームに支配下で契約されろ」などと
散々な叩かれ方をしている。
それも育成枠を故障者リスト代わりに使うことへの疑義ではなく
チーム批判のための感情論ばかり。
許されるのは
横田慎太郎、原口文仁、西浦颯大のような
難病のときだけのようだ。

戦力外通告にいたっては
3~4年目以内の高卒選手の単純な戦力外だけじゃなく
育成契約予定と報じられている場合でも
「若手をクビにした」と叩かれることがやたら多い。
また西巻賢二の件は
どう見ても亀澤恭平、白根尚貴、長谷川宙と同じなのだが、
西巻のほうは1年たった今でもGM批判や動機探しが続いているのに、
ホークス側は長谷川宙を一軍起用しない監督が叩かれた程度で
一軍起用の前提になる支配下登録をしなかったフロントは
全く批判されなかった*5
吉住晴斗の件に関しても
他球団ならもっと、
それこそ数ヶ月から数年にわたって叩かれ続ける案件だが
もはや話題にもなっていない。

 

学ぶなら事実を学べ

今回見た現実のホークスの戦略はこうなる。

  • これまで野手は高校生偏重指名だったが、投手は大社重視に切り替え若手の立て直しを図っている
  • 若手野手は二軍で充分成長してから一軍の控えで慣れさせ、スタメンは実力で勝ち取らせる
  • FA補強は減っているが外国人の存在はかなり大きい
  • 毎年大量指名するがそのぶん若手の戦力外・育成再契約も早く、活躍の場を求めての移籍もある

これに対し、最初に挙げた
「ホークスから学べ」と言う人たちが学ばせようとしているのは
現実のホークスが用いていない方法論と
現実のホークスがうまくいかず改善しようとしている方法論

つまり自分たちの教義を
「ホークスの戦略」と称しただけにすぎない。
いわゆる「根本流のドラフト」と
現在のホークスの最初の礎を築いた
実際の根本陸夫ドラフト指名がまるで別物なのと同じだ。
特に工藤監督がやたらと批判されている若手起用法は
秋山前監督の時代から変わっていないものでもあり、
高卒の若手をかき集めているフロントも
この起用法を支持していることになる。

現在のホークスの若手野手で
外部の期待値がやたら高いのはリチャードや野村大樹だが、
リチャードはHRと打点以外の成績がいまいちで
野村は意外と長打がそう多くもなく、
一軍スタメン定着から2、3年前の中村や栗原、
一軍定着前年の今宮、甲斐ほどの二軍成績をまだ残していない。
同じ若手・中堅なら
真砂、三森大貴、谷川原健太、柳町達のほうが上だし、
三森と柳町が少しずつ一軍出場機会を増やしているばかりか
真砂は出場試合数が一軍控え戦力のラインまで到達した。
単に
外部の若手至上主義・高卒至上主義者の教義に従っていなかっただけで、
若手の一軍抜擢自体は今年もホークス流に沿って行われていたのだ。

一方で自分たちが気に入らない戦略に対しては
ホークスのフロントを批判することはせず
自分たちが気に食わない他のチームが
同じ手法を行った時だけ叩く、
あるいは自分たちが嫌っている監督だけを叩く、
こうした構図になっている。
まあ人間が自分たちの信じたいものしか見ないのは
世界各国の政治やら大統領選挙やらを見るまでもなく、
というかこれまでのドラフト評論でも明らかになっていることなので
今さらという感じがしないでもない。
これも人間の性か…。

*1:それでもドラフト評論家が主張する11人より3人多い

*2:2020年11月27日時点の現役は15人。うち移籍は曽根海成と茶谷健太。大卒・社会人は周東のみ

*3:2020年11月27日時点で、2014~17年指名の高卒投手15人のうち現役はヤクルトへ移籍した長谷川宙樹を含めて7人

*4:この期間がなかったのは上林ぐらい。今宮もこうだと思われているが実際の一軍1年目は控え中心での起用だった

*5:今年戦力外になった田城も同じ状態だ。どう見ても監督は関係ない