スポーツのあなぐら

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梶谷獲得を怒る人たちが学ばせたい「理想のホークス」像

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FA権を行使していた
梶谷隆幸が4年契約で巨人入り濃厚との報道が流れ、
巨人に対しては
「育成放棄」と非難轟々な現状である。
そしてやっぱり多いのは
「ホークスを見習って育成しろ」という批判だ。

 

ある年の展望

ここで
巨人に求められている「若手の育成」について考えよう。
梶谷の獲得で松原聖弥が干されるとは考えづらい。
それなら来年34歳のウィーラーか
あるいは38歳になる中島宏之のほうが可能性は高く、
この2人をファーストで併用のほうが現実的に見える。
つまりここで「使って育てろ」と言われているのは
来年26歳の中堅選手松原や28歳の重信慎之介などではない。
2018~20年にかけて獲得した高卒野手、
すなわち山下航汰、菊田拡和、伊藤海斗たちということになるのだ。
学ばなければいけないホークスの姿も
こうした20歳前後の選手が使われ続けた時期を探す必要がある。

 

あった。
この年のホークスはドラフトを前に
甲子園全国制覇に貢献した地元の高校生ショートを1位入札すると公言。
そしてこの選手を
翌年の開幕スタメンショートとし、
セカンドにはこれまた
1年目から内野のユーティリティとして使い続けてきた
高卒3年目の選手を起用すると発表した。
つまり高卒1年目と4年目の2人で
一軍の二遊間を組ませることにしたわけだ。
この高校生ショートはPL学園立浪和義
セカンドでの起用予定は湯上谷宏
福岡ソフトバンクホークスではなく
1987年オフの南海ホークスである。

 

「理想のホークス」像がここにはあった

実際、この当時のホークスには
現在「ホークスから学べ」と主張する人たちの
理想的な姿が揃っていた。

1987ホークス主力

キャッチャーは1年目から使われていた甲子園のスター香川と
こちらも高卒の吉田が併用され、
前年に同期の山口裕二とともに
打率.163でもセンターで使われた4年目の佐々木*1が主力に成長する。
4年目から主力となってきた河埜や
移籍組の山村、山本なども含めて
外国人と門田、高柳以外の主力野手ほとんどが高卒。
しかも現在のホークスと違い
吉田と山本以外は
「20歳前後で主力として使われて育った」選手ばかりだった。
課題は外国人、ベテラン勢の世代交代だが
こちらも6年目の藤本博史や4年目の岸川勝也など
のちに主力となる高卒の有望株が揃っている。
あとは不幸も重なって懸案中の懸案だったショートに
地元のスター立浪が加われば
まさに完璧と言える状況だ。

投手陣に高卒は多くないが
2年目から主力になっていた藤本修がエース格に成長。
1年目から使われ続けたドラ1の加藤や
こちらも2年目から戦力になっていた抑えの井上と
主要なところは既に高卒の若手で占められており、
ベテランの両山内や大卒の西川らが固める布陣。
今年の巨人が井納翔一1人を獲りに行っただけで
「高卒2・3年目の若手が干される!」と激怒している人たちにとっては
こちらも理想的な育成と言えるだろう。

 

ユートピアの結末

「理想」そのものだった1980年代後半のホークス。
しかしこの当時ホークスは
既に10年連続Bクラスどん底の状態が続いていた。
しかもこれまた不運なことに
立浪は中日と競合の末獲得に失敗。
この年のショートは
セカンド予定の湯上谷を回して成功するも
Bクラスはここからさらに10年続いた。
じゃあ立浪さえ獲れていれば
暗黒期を脱したかというとそれも考えづらい。

1988ホークス主力

まずは
代替のセカンドとして獲得したバナザードが大当たりだったからである。
福岡へ移った翌年も
バナザードはHR34、OPS.925を記録している。
1年目はOPS.626、
2年目は怪我で100打席しか出場できなかった立浪や
同じく怪我で全休した湯上谷が
これを超える結果を残すのは不可能だった。

何よりも重大なのは
この2人を二遊間に据えられる期間があまりにも短かったことだ。
史実に従えば
湯上谷は90年からセカンドの主力に定着。
おそらく怪我の影響で
ショートとして出続けるのが難しくなったのだろう。
そして90年からバッティングが開花した立浪も
92年にセカンドへコンバート。
こちらもプロ入り直後の怪我が原因だった。
つまり
2人とも88年に故障しないバラ色の前提にたたない限り、
この2人の二遊間は91年までしか続かなかったことになる。

野手は世代交代を果たし
さらに87年に獲得した高卒の吉永幸一郎
4年目から主力捕手に定着したものの
生え抜き選手たちの成績にもムラがあり、
バナザードアップショー以降の外国人が
いまいち当たらなくなったこともあって
打力で突出するチームにはならなかった。
投手は
やはり87年のドラフトで獲得した吉田豊彦*2が1年目から、
村田勝喜が高卒2年目から主力となったが、
今度は藤本、加藤、井上が20代後半で全員低迷し
完全に崩壊してしまった。
村田も西武トレード後に低迷したが
年齢ではこちらも25歳からの低迷。
この連鎖を見ると
村田の場合もトレードや西武の問題ではなく
早くから使い続けたことで耐用年数の限界も早く訪れた結果と
見たほうがよさそうだ。
いずれにせよ
「ホークスから学べ」と主張する人たちにとっての「理想のホークス」は
福岡ソフトバンクホークスではない。
暗黒期そのものだった時代の南海ホークス
なのだ。

 

勝ち始めたチームの現実

最後に1999年に日本一を達成したときのメンバーを見てみよう。
同率3位で21年ぶりのAクラスになった翌年である。

1999ホークス主力

野手の高卒勢は立浪と同期にあたる
吉永、大道、柳田が主力に入っている。
このうち吉永、大道は起用が早かったものの
結果として優勝を味わったのは30歳になってから。
城島以外の若手・中堅はほぼ大学・社会人出身。
一方投手は高卒が極端に少なく、
生え抜き選手は一人もいない構成。
2年目から戦力となった吉武真太郎がこの年から低迷期に入り
ドラ1の斉藤和巳は5年目の翌年と7年目以降の活躍なので
こういうことになった。
この大社出身選手たちも早い段階で起用されているが、
見方を変えれば
彼らは高卒5~8年目*3に使われたともとれる。

これを現在の巨人に当てはめると
梶谷の4年契約最終年は
最初に挙げた高卒外野手たちの5~6年目。
世代交代のため起用したい時期とちょうど符合する。
現在のホークスの起用とも一致しており、
こちらのほうが福岡ソフトバンクホークス
福岡ダイエーホークスから学んでいると言えるのである。

*1:182打席、HR2、OPS.469。山口は114打席、AVG.201、HR1、OPS.510

*2:立浪の外れ1位

*3:8年目は松中