スポーツのあなぐら

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キャッチャーは高卒を育成しなければならないか

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プロ野球ではしばしば
「キャッチャーは高卒がいい」と言われることがある。
最近で有名なのは
2023年ドラフト前の
タイガースの岡田前監督の発言*1だが、
「変な癖がついている大学や社会人の捕手より
高卒を一からプロで教え込んだほうがいい」
という主張はOBやファンからもよく聞かれる。
またタイガースの場合は
それ以前にも
阪神は捕手を上位指名しないから優勝できない」と
阪神OBが主張したことがある。
この点の再検証も兼ねて
ドラフトが再び統一ドラフトになった
2008年から見ていくことにする。

 

 

優勝チームの捕手は高卒なのか

まず優勝したチームの
主力キャッチャーについて見ておこう。
基本的には
ある程度キャッチャーで出場し、
かつ100打席以上の選手を「主力」としている。
出場試合数は多いがベンチスタートが大半の選手は
今回のリストには入れていない。

優勝チーム主力捕手

2010年代中盤までは
生え抜きの高卒捕手がいる優勝チームが少なかったが、
2015年ごろから
中村、會澤、甲斐、森、若月などが
主力として優勝を経験しているため、
「やはり優勝には高卒捕手の育成が大事だ」と
考える人は多くなるかもしれない。
ただし森以外は早くても25歳以上、
プロ入り7年目以降の選手ばかりで、
「高卒じゃなければならない」理由としては
やや弱くなっているし
19~22歳前後の若手を起用させたがる
高卒・若手至上主義の風潮ともかみ合っていない。

高卒捕手にデメリットはないのかというと、
この表の中にもそのデメリットが見えている。
23、24歳で優勝を経験した森が
プロ入り10年目28歳の年にはFA移籍し
他球団で優勝を経験しているのだ。
それでも森の場合は
主にDH、外野で起用された時期も含め
バッティングで多大な貢献をしたからまだいい。
怖いのは
ホエールズベイスターズ時代の
一軍最低出場試合数が74、打席数が171と
高卒1年目から打力が安定する7、8年目までも
ほぼ一軍にい続けた谷繁のような選手である。
幸い谷繁自身の移籍は13年目と遅かったが、
現代でこの起用ペースだと
ベイスターズが2位に上がった9年目の1997年、
日本一に輝いた10年目の98年終了後までに
FA移籍される可能性はそこそこ高いのだ。

 

チーム別

千葉ロッテ 平均順位3.82 高卒支配下4 高卒育成4

M上位

M主力捕手

里崎と橋本の2人が一軍スタメンに定着したのは
バレンタイン監督就任後、彼らが28歳になってから。
その里崎が完全に衰えた後は
一転して高卒2、3年目から田村を一軍固定したが
使い続けても打撃はなかなか上向かず、
調子が悪い年の伊東勤の成績が毎年続いていた。
その後も
高卒ルーキーの松川に高卒2年目の寺地、
大卒ルーキーの吉田に佐藤と
プロ入りしてまだ日の浅い若手を
すぐ一軍に置いて使う傾向が強くなっている。

 

北海道日本ハム 平均順位3.53 高卒支配下6 高卒育成0

F上位

F主力捕手

高卒捕手の支配下指名数はカープに次いで二番目に多い。
「高卒野手の育成に定評があるチーム」だけに
キャッチャーも優秀な高卒の生え抜きばかり…
などと思っている人が多そうだがそんなことはない。
バッティングは優秀だが
ディフェンスに不安を抱える高橋が
2008年の大野獲得で内野へコンバート。
その後は生え抜きだけじゃなく
市川、宇佐見、伏見、郡司と
他球団からの移籍でカバーし続けてきた。
清水を高卒3年目から一軍に置いて
英才教育を行う試みもなされたが
徐々に打撃成績が下降している。
現在スタメンが多い田宮は
バッティングでも結果を出しているが、
彼1人を全試合固定する起用は
球界全体の風潮から見てもなさそうだ。

 

埼玉西武 平均順位3.18 高卒支配下5 高卒育成0

L上位

L主力捕手

伊東勤
プロ入り1年目から*2一軍で使われ始め
3年目にはスタメンに定着していた影響なのか、
その後も細川、炭谷*3
早い段階から使い守備力の育ったキャッチャーを
一軍スタメンに固定している。
しかしその3年目に
打撃でも結果を出していた伊東との差なのか、
2人とも
バッティングが衰えた最晩年の伊東ぐらいの
成績しか残せない年が続いた。
すると今度は
すぐにバッティングで結果を出した森を
一軍のDH、外野主体で起用しながら勉強させ
徐々にキャッチャー起用を増やしていく育成。
この育成はうまくいったものの、
森は逆にバッティングが良すぎたため
早々にFA権を取得し
20代後半でチームを離れた。

 

東北楽天 平均順位4.18 高卒支配下4 高卒育成1

E上位

E主力捕手

藤井は近鉄出身だが
分配ドラフトでの移籍のため生え抜き扱いとしている。
大卒1年目から
一軍スタメンで起用されていた嶋が
そのまま10年以上スタメンに定着し、
その次も
大卒1年目から起用された太田。
イーグルスのスタメンキャッチャーは
大半をこの2人が担っていることになる。
時々高卒を育成しようとする起用はあっても
2人の壁を越えられない状態が続いたが、
今年は絶不調の太田に対し
1歳差の堀内がまずまずの結果を出している。

 

オリックス 平均順位4.06 高卒支配下3 高卒育成4

Bs上位

Bs主力捕手

1988年に高卒2年目で起用され始めた中嶋聡を皮切りに、
高卒2~4年目の捕手を一軍に置き
そのままスタメンに定着させていくケースが
多かったため、
オリックスになってからの正捕手は
若くして抜擢され続けた高卒が大半を占めていた。
伊藤を抜擢したのは岡田監督時代なので
最初に書いた本人の主義とも一致している。
その流れを一度断ち切ったのが当の中嶋。
2020年シーズン途中での監督就任直後に
それまでほぼ固定されいてた若月から
5歳年上の伏見主体に切り替えた。
その後しばらく若月の成績が劇的に向上したのを
単に全盛期が重なっただけなのにもったいないと見るのか、
正捕手の負担減でバッティングにも好影響が出たと見るか。

 

福岡ソフトバンク 平均順位2.24 高卒支配下6 高卒育成9

H上位

H主力捕手

「キャッチャーは高卒を育成しなければならない」が
おそらく最も証拠にしたがるのがホークスだろう。
城島健司が正捕手に座った後に黄金期を迎え、
甲斐が正捕手になってからも日本シリーズ4連覇。
これだけを見るといかにも
「高卒を正捕手に育てられたから」のようにも思える。
ただし城島と甲斐の間にも
田上や高谷、FAで獲得した細川、鶴岡など
高卒以外が正捕手の時にも何度も優勝している。
主力打者でもあった城島はもちろん
甲斐も巷の評価より意外と安定した打力を見せていたが、
これもまた
「高卒じゃなければいけない」理由にはならない。
高卒捕手の獲得がかなり多いものの
そもそも投打ともに高校生の指名が極端に多いチームなので
この点も証拠とは言えないのだ。

 

読売 平均順位2.12 高卒支配下2 高卒育成4

G上位

G主力捕手

セリーグで平均順位が最も高いジャイアンツは
生え抜き高卒の正捕手が全然出ていないチームでもある。
過去には森昌彦や吉田孝司、村田真一もいたから
全くいないわけではないのだが、
長年正捕手だった阿部の打力が極端に高く、
その後も大城や岸田、今年の甲斐と
打力の低くない選手が名を連ねてきたので、
彼らの攻守の牙城を崩すのは
容易ではないだろう。
それにしても
社会人出身の正捕手が3人続くのはかなり珍しいし、
同じ年に指名した2人のキャッチャーで
世代交代を実現できているのも面白い。

 

東京ヤクルト 平均順位3.94 高卒支配下6 高卒育成0

S上位

S主力捕手

古田敦也の兼任監督就任後は後継者の育成にかなり苦戦。
まずFAで相川を獲得して解決すると
その間に中村も台頭して落着となった。
ただその中村は
正捕手に固定されてからのバッティングが課題で、
打撃面でも再び結果を出し始めたのは
29歳になってからだった。
1位・2位でのキャッチャー指名はないが
高校生捕手の3位指名が多く
中村以外にも
高卒捕手の起用が増える要因となっている。
古賀以上にバッティングが良くなっている内山が
再びキャッチャーをできるようになると
正捕手の負担も分散させられるのだが。

 

横浜DeNA 平均順位4.47 高卒支配下4 高卒育成4

By上位

By主力捕手

谷繁元信がFA移籍し、
8年目の相川が人的補償中村武志と併用されながら
一軍スタメンに定着しだしたのが2002年。
その相川もFA移籍した2009年から
ベイスターズは深刻な捕手難に陥る。
FAで獲っても生え抜きの高卒選手を使っても、
大卒や社会人のルーキーを使っても、
果ては高卒ルーキーも起用していったが
誰もが攻守ともに決め手を欠く状態が続いた。
一応2017年以降は
それまでに比べて全体の層が底上げされている。
そんな中で最近台頭してきたのが
独立リーグ出身の山本。
ドラフト指名は高卒1年目だったので
高校生捕手を時間をかけて育成したパターンに近い。
また山本の存在によって
二軍のバッティングで既に結果を残している松尾を
無理に一軍スタメンに固定せず、
じっくりと守備を育成できるようになっている。

 

中日 平均順位4.06 高卒支配下3 高卒育成1

D上位

D主力捕手

高校生捕手の獲得が極端に少ないが
これは谷繁の影響が大きいだろう。
守備面でも捕手としての打撃面でも壁が非常に厚いのに
年齢的にはいつ衰えるか常に予断を許さない状態では、
時間をかけてのんびりと高卒を育成している余裕はない。
実際、落合氏がチームを離れた2011、12年も
高校生キャッチャーは獲っておらず、
育成だと2014年の藤吉優、
支配下は2018年の石橋康太まで指名がなかった。
なお2008年以前では
2006年に福田永将を獲得している。
高卒の若手へのこだわりを強く持つファンが多いのか、
木下や石伊が結果を出している時でも
石橋が二軍で不調に陥っている年でも
石橋の起用を望む声は非常に強い。

 

阪神 平均順位2.88 高卒支配下4 高卒育成0

T上位

T主力捕手

阪神の過去の生え抜き高卒捕手というと
1990年代の山田勝彦の後が
ここに載っている狩野、小宮山、原口ぐらいで、
各年代を代表するキャッチャーはほぼ大卒か社会人*4
高卒捕手待望論が出てくるのは
優勝回数の少なさとこの出自を関連付けているのか、
あるいは2リーグ制で初優勝した1962年に
併用されていた2人のキャッチャー*5
どちらも高卒だったと知っているからなのか。
しかし優勝回数こそ少ないが
過去18年の平均順位はジャイアンツに次いで高く
安定した強さとキャッチャーの出自には
特に相関は見られない。

 

広島東洋 平均順位3.53 高卒支配下7 高卒育成2

C上位

C主力捕手

ここ10年は高卒の會澤、坂倉が主戦捕手になっていて
リーグ3連覇も経験した。
チームのイメージからも
いかにも高卒の名捕手が多そうだが、
過去主に優勝を経験した
水沼四郎達川光男はどちらも大卒で、
高卒は1991年に二番手捕手だった
西山秀二が入るぐらい。
ただ會澤と坂倉はカープの歴史上、
高卒よりも
かなりの打撃成績を残した点のほうが特異な存在。
高卒、大卒などはどうでもいいが
こちらはむしろカープ史の転換点として
次世代にもつなげていきたいところだ。

 

捕手は高卒がいいのか上位指名がいいのか

日本球界におけるキャッチャーの負担

キャッチャーについて考察する前提として、
日本のプロ野球
キャッチャーの攻守におけるハードルがかなり高い。
まず投手のリードでは
投手は一切首を横に振らないように
投球の全てを管理することが求められ、
相手打者については
データを全て叩き込んでおくのはもちろんのこと、
常にわずかな動きの違いを見極め
打者の次の1球の狙いを100%正確に読む
観察眼、耐久力なども要求される。
守備にしても
自分だけじゃなく
次のリードに合わせた守備位置を指示するなど
他8人全員の守備を担うことすらある。
これらをはじめとした
様々な負担をこなしながら
さらにバッティングでも結果を出し続けるのは
非常に大変だ。
たとえ二軍どころか一軍で一度結果を出しても
またすぐに成績が落ち込むキャッチャーが多い、
それも「伸び盛り」のはずの
20代前半若手に落ち込む捕手が多いのは
この負担が大きな原因と思われる。
おそらく
野村克也がスワローズの監督に就任し
古田敦也が台頭した1990年代以降、
キャッチャーの負担はさらに増したのだろう。
またこれらを全てハイレベルでこなせてしまうと
今度は
他の選手が自分の求めるハードルを
クリアできないことに不満を持つだけじゃなく、
自分がそれだけ多数の役割を担えないことにすらも
不満を覚えてしまう。
90年代以降に大成した「偉大な捕手」出身の
「名監督」「名コーチ」がなかなか出てこないのも、
城島健司MLBでうまくいかなかったのも
こうした点が一因ではないだろうか。

 

「高卒」「大卒・社会人」と「上位指名」の表裏一体

本題の「捕手は高卒を育てるほうがいい」のか。
各球団の一軍起用を見ていると
高卒1~4年目のキャッチャーを一軍に固定するチームは
ちらほら見られる。
こうした若手捕手の固定起用は
守備の負担を激増させてバッティングの成長が阻害される、
育つ前に起用し続けることでその間の貢献度が減る、
全盛期にFA権を取得してチームを離れる可能性が上がる、
といった弊害も出てくるので、
これらのデメリットを克服できる力を
既に身につけている選手じゃないと
あまり推奨できる育成方法とは言えない。
その一方で
大卒や社会人出身1、2年目を
一軍に固定するケースも多々見られる。
若手の起用という点については
同じ結論になるが、
そもそもなぜこういう起用が多いのだろう。

しかし改めて考えると
「捕手は高卒を育てるほうがいい」と
「大卒、社会人1、2年目の捕手を使う」。
実はやってることはほとんど同じ
である。
最初に書いた
「変な癖がついている大学や社会人の捕手より
高卒を一からプロで教え込んだほうがいい」。
この「大学や社会人」を「二軍」に、
「プロ」を「プロの一軍」に置き換えると、
大卒、社会人1、2年目や
高卒1~4年目のキャッチャーを使わせる
理由そのままになっているのだ。
それに高卒の若手捕手を抜擢させたがる人たちは
「二軍に慣れきってしまう前に
一軍の実戦に出し続けてインサイドワークを覚えさせろ」と
よく言うではないか。
「変な癖」の対象が「アマチュア野球」か「二軍」か、
ただそれだけの違いにすぎない。

そして
早くに英才教育をしたくなる捕手とは
すなわちそれだけ素質が高いと思われている捕手。
これは「キャッチャーを上位指名すべき」理由に通じる。
素材のいい上位指名選手ほど
優先的に一軍で
守備、インサイドワークの
英才教育を施されやすいというわけだ。

しかし実際には
20代中盤から後半まで
二軍で守備も打撃もしっかり鍛え結果を残してから
一軍でも結果を残し定着したキャッチャーは
何人もいる。
そこにも
高卒、大卒、社会人、独立リーグの出自は
特に関係性が見いだせない。
これらを総合すると、
「キャッチャーは高卒でなければならない」理由は
現実のプロ野球には特に見当たらない、
という結論になる。

*1:ただし欲しい選手を先に獲られたのか実際に高校生捕手の指名はなかった

*2:定時制出身のため年齢的には高卒2年目から

*3:高卒1年目で開幕捕手、その後も細川が長期離脱する際にスタメンが多かった

*4:高卒だと若菜嘉晴もいるが生え抜きではない

*5:戸梶正夫、山本哲也