スポーツのあなぐら

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文春野球「一軍300打席」の愚

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先日の文春野球コラムで
市原武法氏の書いた
杉本裕太郎選手に関する記事
たいへん好評だったそうだ。
さてこの中で市原氏は
「ホームランバッターを育成するには一軍で300打席を捨てる覚悟が必要不可欠」
と主張しており、
この「一軍で我慢して使い続けろ」の主張には
多くの賛同・共感の声が寄せられている。

しかしこの300打席という目安自体は
あくまで市原氏の主観としても、
杉本が一軍で使われなかったのはおかしいと
主張する根拠となっているスタッツは
なぜか長打率が一切記されていない、
杉本以外の二軍成績が一切載っていないなど
かなり恣意的な*1印象を受ける。
ここでは
実際の杉本の成績や
当時の一軍外野事情などを検証していこう。

 

 

あいまいにしか書かれていない杉本の二軍成績

先ほど書いたように
このコラムで紹介されているスタッツは
HRと打点があり出塁率も載っているものの
長打率など他にもあっておかしくないデータがない。
特にスラッガータイプの杉本について考えるのなら
長打率はあっても何ら問題ないように思える。
実際の杉本の二軍成績を見てみよう。

杉本裕太郎二軍成績

OPSウェスタン平均を上回ったのは2年目から。
1年目は二軍平均すら下回っており
一軍で使い続けろと主張するのは無理がある。
3年目に不調だったものの
2年目以降はずっと二軍平均を上回ってはいるのだが、
ひっかかるのは
三振がやや多いことと
四球をあまり選べていないこと。
三振率はスラッガータイプとして少し大目に見たとしても
二軍レベルでもまだ振ってはいけない球を選びきれてない可能性は高く、
一軍で使い続けるにはまだ早いように見える。
そしてOPSがより向上したのが2019年、
さらに球の選別でも二軍を完全に卒業できるようになったのが
2020年と考えると、
杉本の一軍起用は
満を持した絶好のタイミングで行われたとも
解釈できるのだ。

一方で
杉本より二軍成績が下の選手が
一軍起用されることはたしかに少なくないので、
それなら杉本に経験を積ませろという意見も
わからないではない。
ただ市原氏は
杉本のスタッツがまだ二軍クリアレベルに達していなかった
1年目の一軍起用へもかなりの不満をぶつけているので
二軍成績はご自身の主観とのつじつま合わせにすぎない
ように見える。

杉本の一軍起用を阻んだ選手は誰か

次に
「杉本に与えるべき打席」を杉本の代わりに得た選手は誰か
について見てみよう。
この点について市原氏は
「俊足好打」の「小兵選手のみを重用」したと断じている。

 

2017年

17年の杉本は
センターで2試合、ライトで1試合スタメン起用されている。

LF AGE G CF AGE G RF AGE G
T-岡田 29 114 駿太 24 43 ロメロ 29 53
吉田正尚 24 16 宮崎祐樹 31 37 吉田正尚 24 36
      ロメロ 29 25 駿太 24 24
      武田健吾 23 18 武田健吾 23 21

この年の外野は
空いているようで空きが少ない。
レフトはT-岡田
ライトはロメロと吉田正が中心になっている。
残るはセンターで
たしかに一番手は「走塁型」の駿太だが
三番手はロメロである。
現実には
どうにかして長打力の高い外野手を起用したい
という福良監督以下首脳陣の意図が見える年だった。
また二番手の宮崎は
二軍での出塁率長打率とも
わずかに杉本を上回っている*2

 

2018年

杉本の一軍センタースタメン出場は2017年までで
この年以降レフトかライト、DHのみとなっている。
2018年はレフト1試合、ライト4試合にスタメン出場。
前年より不調だったものの
出場機会は若干だが増やしていた。

LF AGE G CF AGE G RF AGE G
吉田正尚 25 91 宗佑磨 22 65 ロメロ 30 66
T-岡田 30 39 小田裕也 29 19 吉田正尚 25 32
      宮崎祐樹 32 18 西村凌 22 15
      大城滉二 25 14      
      武田健吾 24 13      

レフトとライトは
これまた長打力の高い主力3人が中心だった。
ライト三番手の西村は
この年二軍でOPS.841を記録している。
そしてセンターは
開幕戦から高卒4年目の宗を起用。
調子がいまいちでスタメン定着までは至らなかったものの
5月中旬まで1ヶ月半は我慢され、
二軍で調子を上げた終盤と合わせて
65試合に先発出場した。

 

2019年

この年はDHも1試合あるが
レフト7、ライト6試合でスタメンとなっている。

LF AGE G CF AGE G RF AGE G
吉田正尚 26 91 西浦颯大 20 40 中川圭太 23 41
ロメロ 31 18 宗佑磨 23 39 西浦颯大 20 25
      後藤駿太 26 24 小田裕也 30 22
      小田裕也 30 20 後藤駿太 26 10
      佐野皓大 23 15 西村凌 23 10

レフトは吉田とロメロ。
開幕戦のセンターは
宗よりさらに若い高卒2年目の西浦が抜擢された。
この西浦が1ヶ月以上我慢して使われた後は併用となる。
その間に内外野可能なユーティリティとして
出場機会を得たのが大卒ルーキーの中川。
外野では主にライトに入っていた。
9月以降はほとんどの試合で
センター宗、ライト西浦が固定されている。

 

2020年

2020年の杉本は
8/21から1ヶ月強ライトスタメンに固定されたあと
吉田らとの併用になったが
終盤は故障で戦列を離れた。
西村監督が就任していた8/20までの主なスタメンを見よう。

LF AGE G CF AGE G RF AGE G
T-岡田 32 25 後藤駿太 27 19 吉田正尚 27 31
吉田正尚 27 16 西浦颯大 21 11 ジョーンズ 35 12
ジョーンズ 35 12 佐野皓大 24 7 西浦颯大 21 5
      西村凌 24 5 西村凌 24 5

5試合以上スタメン出場したのはこの選手たち。
レフトとライトは
T-岡田、吉田、ジョーンズでやりくりすることが多かった。
センターは開幕前に調子が良かった後藤。
開幕以降は元通りになってしまった後藤に代わるのは
西浦、佐野、西村と若手が目立つ。
また退任直前の3連戦では
杉本とともに二軍で絶好調だった中川が昇格、
中嶋監督代行就任後もしばらくセンターで起用された。

 

杉本の代わりに起用された主な「小兵」の特徴

杉本に代わって重用されたのは「小兵選手」なのか

まずレフトとライトで主に杉本の壁になったのは
吉田、ロメロ、T-岡田などのホームランバッター
である。
なるほど
190cm100kgとかなり大型な杉本に比べれば
188cmのロメロやジョーンズなどの外国人選手も小兵だし、
ましてや173cmの吉田なんて
市原氏にとってはただの俊足好打型の小兵で、
杉本に置き換えても何一つ差し支えない存在だったのかもしれない

また他のセンター候補の日本人外野手だと
身長180cm以上は
後藤、武田、宗、佐野、中川の5人。
175cm未満は172cmの小田のみとなっている。
そうなるとわざわざ「小兵」という言葉を使ったのは
小田以外の選手が見えてなかった可能性も否定できない。
吉田の身長を忘れている時点でアウトだが。

 

もし1~4年目の杉本に300打席を経験させていたら

既に活躍しているスラッガー以外の
対抗馬となった選手の大半にあるもう一つの特徴。
それは杉本よりも「若手」であることだ。
実は高卒野手の獲得も多いオリックスでは
大卒社会人出身の杉本は
この点で不利になりやすい。
特に2018年以降は
宗、西村、西浦、中川、佐野と
杉本より5年以上若い「若手の抜擢」*3が続いていたのだ。
該当しないのは宮崎と小田、小島ぐらいだが
宮崎の場合は2017、18年ともに
二軍成績が杉本を上回っていた。

ここで考えたいのは
もし市原氏が主張するように
杉本にもっと早く一軍300打席を与えたらどうなるか。
しかしこれは
もはや火を見るより明らか。
「聖域」認定され
「即戦力じゃないこいつと使い続ける監督、
獲ってきた編成・スカウトをさっさとクビにしろ」
「おっさんより若手を使い続けろ」などの
大合唱が始まる

杉本の二軍成績が向上してきた
4~5年目までなど我慢できるわけがない。
なにせ
25歳以上の選手どころか
20歳前後の高卒ドラ1である清宮幸太郎や根尾昂ですら
「育成のために若手を我慢して使い続けろ」と
連呼していた連中が全く我慢できず、
手のひらをくるっと返して
彼らや首脳陣を「聖域」と叩いているのだ。
ましてや
25歳を超えた大卒社会人を
300打席どころか100打席も我慢したらどうなるか。
市原氏も正直なところ信用しかねるし、
このコラムに賛同して
「若手を我慢して使い続けろ」と言っている輩では
手のひらを返さない人を探すほうが困難だろう。
唯一叩かれないのは
数少ない「我慢」期間で
早くも大活躍*4をし始めた時だけ。
「捨てる」は完全に嘘と言い切れる。
あのコラムは結局のところ
「俺様のお気に入りは使えばすぐ育つ」と
書かれているにすぎない*5

しかも賛同・共感しているのは
このコラムで批判されているオリックスがやったような
大卒社会人の杉本を干した高卒の若手中心の起用を要求し、
しかも現実に要求通りの起用をすれば
「聖域だ」と手のひらを返した批判をするだけ
の人たち。
こんな構図になっているのである。

 

コラムの中で評価できる部分

最後にそんなコラムの中で
少しはましな部分をあげると
中嶋二軍監督(当時)就任のところだろう。
この中嶋監督の就任によって
杉本の長所を生かしつつ
弱点を克服していくことが可能な
育成方針がとられるようになった可能性があるからだ。
オリックス
数の上では社会人中心のドラフトをしているように思われているが
よく見ると
投打とも徹底的に高卒の主力育成に照準を合わせたような
ドラフト指名と起用が昔から多く、
実はずっと高卒至上主義なのではと思わせる部分*6も目立つ。
中嶋監督が
そういったテンプレを取り除くことに成功したのかもしれないし、
単に杉本が
他の一般的な野手よりも遅咲きの晩成型だったのが
ちょうど中嶋監督就任と大成の時期が合致しただけかもしれない。
ただこうした
若手偏重のチーム方針とファンの間で
杉本に対して
中嶋監督が精神的な支えとなり、
のびのびと個性を伸ばすことができたのは
たしかだと思われる。
データや主旨の前提は問題点ばかりだが
この点だけはまだ面白い読み物と言えなくもないのではなかろうか。

*1:あるいはスタッツには一切興味がないか

*2:163打席、長打率.421、出塁率.352

*3:以前書いたが、バファローズ"若手を未熟な段階から早々に抜擢したがるチームである。ホークスやファイターズと比べてかなり早い

*4:この「大活躍」の基準値も選手によって差が非常に激しい。現時点での紅林弘太郎や昨年の安田尚憲のように概ね若ければ若いほど基準は甘くなるが、ヘイトのたまり方次第では清宮のような例外もでてくる

*5:この「聖域」や「使えば育つ」のメカニズムについては以前noteで書いたのでこちらを参照のこと

*6:投手だと社会人出身の安易なリリーフ起用、野手は高卒至上主義が主張するテンプレのような守備走塁重視の指名など。逆に高校生は球速や長打力などロマンあふれる素材型指名が多い