批判では絶対に批判されないこと?
阪神タイガースは、とかく注目度が非常に高いチームである。
そのため何かにつけてマスメディア*1で取り上げられることが多いのだが、
こういうチームの宿命として
多種多様な批判にもさらされてきた。
というかドラフトに関しては
2012、14、19年*2ぐらいしかほめられたことがない。
しかし私は、
これまでの阪神ドラフトに行われた
ありとあらゆる種類の批判にはない、
阪神の弱点がもう一つ存在すると思う。
そんなものが果たして存在し得るのか?
……まあここまで書けば何となく予想はつくかもしれない。
それは当の批判に嘘が多すぎることだ。
なぜこのようなことが起こるかというと、
結局は阪神タイガースというチームに対する固定観念、
そしてドラフトの指名戦略に関して
ある種のバイアスが広く定着しているためである。
わかりやすいものをいくつか見てみよう。
「阪神は高校生を獲らない。だから暗黒期が終わらない」
これは90年代から2000年代にかけてよく書かれた話。
ドラフト評論ではよく目にした内容であり、
少しこじらせるとあの「4位赤星、ハア?」に行きつく。
しかし実際の逆指名以降の阪神は、
93~98年と99年以降で路線が大きく変わっている。
大学・社会人重視になっていくのはその99年以降の話であって、
98年までの6年間はむしろ高校生が多い。
まず上位指名は12人中高校生が6人。
半数で一見大したことはなさそうだが、
同時期にこの数を上回るのは広島とヤクルトだけ。
同数と言えるのもオリックス*3と中日*4しかない。
逆指名を2枠行使したのも95年と99年の2回*5だけだ。
そして全体の合計は、高卒:大社が14:15とほぼ同数。
もっと挙げると、
92年以前も高卒を大社が上回るのは90年、88年などごく一部で、
それ以外は同数か高校生のほうが指名数が多かった。
なのに当時から今までずっと、
「阪神の指名に高校生が少なすぎる」と叩かれ続けてきた。
理由としては
社会人4人のみの指名で全員失敗した
1995年のイメージが強かったことや、
当時の主力に
高卒と和製大砲と日本人先発投手が少なかったこと*6や濱中治といった
高卒スラッガー候補も獲得しているのだが。
さらにはドラフト評論の影響も強かったのだろう。
余談だが、当時から阪神を批判し続けていた識者は
自らをあくまで「バランス重視」と称しているが、
高卒:大社の数がほぼ同じ阪神を
「即戦力に走って高校生を獲らない」と批判する時点で
そのバランスとやらがいかに高卒至上主義であるかもよくわかる。
「阪神は甲子園に出た高校生を獲らない」
ここ最近は
トップ評価の高校生が最後の夏甲子園に出場できない*7ことも多いせいか
以前よりあまり言われなくなったが、
2012年の藤浪晋太郎指名や翌年の森友哉回避あたりまでは
この論調の批判が盛んになされてきた。
2019年指名の大絶賛もこの裏返しと言えるかもしれない。
では実際にはどうだったかというと、
2004年以降に阪神から指名された
その年の甲子園出場選手を見てもらいたい。
年 | 指名者 | 備考 |
---|---|---|
2004 | 玉置隆(9巡) | 高橋勇丞(7巡)は夏ベンチ登録なし |
2005 | 前田大和(高4巡) | |
2006 | 橋本良平(高3巡)、横山龍之介(高4巡) | |
2007 | 清原大貴(高4巡) | |
2008 | 藤井宏政(育成) | |
2009 | 秋山拓巳(4位)、原口文仁(6位) | |
2010 | 一二三慎太(2位)、岩本輝(4位) | |
2011 | 歳内宏明(2位) | |
2012 | 藤浪晋太郎(1位)、北條史也(2位) | |
2013 | なし | |
2014 | 植田海(5位) |
上位指名こそ少ないが、
現実には
9年連続でその年の夏甲子園に出場した高校生が指名されていた。
というか数年前の週ベのドラフト特集ムックか何かでも
「阪神は甲子園に出場した高校生の指名が多い」と
数字を出して書かれていたのだが、
結局はそれを誰も読んでいなかった*8ようだ。
一度根付いたバイアスは覆すのが本当に難しい。
「阪神は1位で高校生野手を獲らない」
これは以前、今は亡きスポナビブログで見かけた内容。
アクセスランキングが5位以内に入っていたので
私の目に留まったと記憶している。
「いいね」も結構な数ついていたはず。
さて、
阪神が統一ドラフトで高校生野手を1位入札したのは
1998年から2016年までなく、
指名をしていなかったこと自体は事実である。
問題はなぜ「だから阪神は弱い」と言えるのかだ。
そのブログを書いた人物によれば、
1位で高校生野手を獲らないチームは
いつまでたっても強くなれないそうで、
2位で獲ったとしても全く意味はないのだという。
では93年以降にどういう選手が指名されてきたのか、
まず統一ドラフトから見てみよう。
抽選に外れた場合は除いてある。
チーム | ドラフト1位高校生野手 | その他 |
---|---|---|
広島 | 東出輝裕(98)、白濱裕太(03)、高橋大樹(12)、中村奨成(17)、小園海斗(18) | |
阪神 | 中谷仁(97) | |
横浜 | 紀田彰一(94)、古木克明(98)、田中一徳(99)、内川聖一(00)、筒香嘉智(09)、森敬斗(19) | |
巨人 | 原俊介(95)、大田泰示(08)、岡本和真(14) | |
中日 | 荒木雅博(95)、前田章宏(01)、森岡良介(02)、中川裕貴(03)、高橋周平(11)、根尾昂(18)、石川昂弥(19) | |
ヤクルト | 三木肇(95)、山田哲人(10)、川上竜平(11)、村上宗隆(17) | 高井雄平(02)*9 |
ソフトバンク | 城島健司(94)、吉本亮(98)、江川智晃(04)、今宮健太(09)、山下斐紹(10) | |
楽天 | オコエ瑠偉(15) | |
西武 | 玉野宏昌(96)、高山久(99)、森友哉(13) | |
オリックス | 後藤駿太(10)、太田椋(18) | 嘉勢敏弘(94)*10 |
日本ハム | 実松一成(98)、尾崎匡哉(02)、渡邊諒(13)、清宮幸太郎(17) | 大谷翔平(12)*11 |
ロッテ | 大村三郎(94)、澤井良輔(95)、西岡剛(02)、平沢大河(15)、安田尚憲(17)、藤原恭大(18) | |
近鉄 | 福留孝介(95・拒否)、坂口智隆(02) |
(赤字は外れ1位、青字は外れ外れ以降)
これらの名前を見ていると素朴な疑問が生じる。
この1位指名で本当にチームは強くなったのか?
1位指名の成功とチームの強化が
しっかりリンクしているケースがあまりに少ない。
唯一同時に活躍したロッテのサブローと西岡は
やや時期が離れすぎ、
ソフトバンクの城島や今宮、中日の荒木、ヤクルトの山田も
主力として優勝に貢献したが
あくまで単独での貢献である。
広島や横浜にいたっては
むしろ当たり選手が出たところで長い暗黒期に突入している。
また2000年代後半の中日は
3年連続で高卒野手を指名したから強くなったのか?
中日では一人も戦力にならなかったのに?
最近の広島は
やはり一軍にほとんど出ていない白濱や高橋を指名したから
リーグ三連覇したのか?
などなど、見れば見るほどツッコミどころしかない批判になっている。
一方で分離ドラフトの3年間もこれまたツッコミどころしかない。
ここは高校生1巡の野手人数で見るとすぐにわかる。
人数 | チーム数 | 当該チーム |
---|---|---|
3人 | 0 | |
コンバート後3人 | 1 | 中日 |
2人 | 6 | ソフトバンク、日本ハム、広島、巨人、オリックス、阪神 |
コンバート後2人 | 1 | 西武(07は指名権はく奪) |
1人 | 0 | |
コンバート後1人 | 1 | 横浜 |
0人 | 3 | 楽天、ヤクルト、ロッテ |
コンバートはプロ入り数年後に投手から野手へ転向した選手を指す。
最も多くなった中日も
落合時代のイメージからすると意外かもしれないが、
2人指名した中に
これまた意外なオリックス、そして阪神が入っているのである。
なお、0人だった3チームは
3年中2回抽選に当たったのが最大の理由で、
他のチームも投手入札を抽選で外して次に野手というケースは割と多い。
3年間で最初から野手を2度入札(3度は1チームもない)したのは
ソフトバンク(陽仲寿、中田翔)、
日本ハム(陽、中田)、
中日(平田良介、堂上直倫)、
阪神(堂上、中田)
の4チームが最多である。
あれ、また阪神が入ってきた。
この3年間に関しては、
むしろ阪神は高卒野手をかなり重視した指名だとわかる。
そしてこの2006、7年がどちらも外れ年か。うーん。
この点を見て、阪神のドラフト戦略や育成に関して
どのような考えを持つかは個人差があると思う。
しかし、少なくとも1位で高校生野手を獲りに行くこと自体が
チームの強化とは直結しないということ*12、
この点は納得していただけるだろうか。
過剰な外部の声という欠点
こうした「間違った批判」が、
これまでのタイガース批判で取り上げられなかった*13、
阪神に巣食う病理の一つである。
しかもこのような批判の根底にある思想は、
一般の阪神ファンや各種メディア、野球ファンなどにも
広く浸透しているものだ。
これらの批判はそもそも間違いであるため
タイガースとしてもこたえる必要がないのだが、
無視すると株主総会などを含めたあらゆる場所で突き上げを食らう
厄介な代物である。
阪神というチームは
地方だが日本第二の大都市球団かつ全国区という
強烈な知名度と人気を誇るぶん、
こうした外部の声には
常日頃から非常に大きな形でさらされている。
もともとそうした固定観念、バイアスがかかっている人は非常に多く、
そのバイアスに沿ったデマが流れてもあっさりと信じられてしまうのは
ある意味仕方がないことでもある。
このようなイメージのバイアスは
長年にわたって
阪神タイガースというチームに対して植えつけられたものでもあり、
同時にドラフトという編成の一戦略に対して植えつけられたものでもある。
覆すのは容易なことではないし、
また我々が人間である以上
何らかのバイアスは常につきまとう。
我々にできるのは、
何らかの批判に対してそうしたバイアスがかかっていないかを見ること、
そして自分自身にそうしたバイアスがかかっていないかを知ること、
また自分自身がどういうバイアスを持っているのかを知ること。
それぐらいだ。
*1:大手マスコミだけじゃなくSNS等、ネット上のあらゆる媒体も含む
*2:14年は大学生・社会人ばかりだが評論家が好む選手が多かったため。一般うけはあまり良くなかったかも
*3:拒否の新垣もカウント
*4:5人だが94年1位で高校生の紀田→大学生の金森のためカウント
*6:高卒=スラッガー+エース(主役)、大社=単打型+リリーフ(脇役・控え)はいまだに「定説」として定着している。)などが考えられる。
実際には平尾博司((高校通算68HR
*8:か、読んでも三歩で忘れるか
*9:投手からコンバート
*10:二刀流
*11:二刀流
*12:獲ることが無意味とも言ってはいない
*13:批判されるわけがなかったと言い換えてもいい