2023年の沢村賞選考委員会で
今年ベイスターズで中4日・中5日での先発が多かった
トレバー・バウアーが称賛されたことが話題になった。
「もっとバウアーに学ぶべき」との発言も飛び出している。
しかし日本球界は
バウアーから何を学ぶべきなのだろうか。
沢村賞選考委員が主張すべき相手
本題のバウアーの中4日、中5日登板に触れる前に
別なポイントと
今回のもう一つの結論にも触れておきたいと思う。
さっさと本題のほうだけを見たい人は
次に進んでほしい。
まず前提条件として、
日本で中4日のローテーションを組むにはどうすべきか。
沢村賞選考委員の方々はこの点について
批判の矛先がずれているように思う。
「改善」すべきなのは監督やコーチではなく
プロ野球機構と各チームだからである。
これは以前にも説明した通りで
MLBの日程とNPBの日程の違いは
祝日以外の月曜に試合があるかどうか。
そして高確率で月曜が休みになる日本では
先発ローテ全員を中4日にする方法はなく、
「ほとんどの試合が中5日でたまに中4日」が
基本的な調整になる。
今年のバウアーのような形で中4日を増やすには、
月曜日の試合も徹底的に増やすことで
中6日体制の価値を下げることが必須なのだ。
他にも一つやるべきことはいくつもある。
ドーム球場を増やすことだ。
たとえ試合数を激増させたとしても、
雨や台風の多い日本で
屋外球場での試合が増えれば当然中止の試合も増え、
先発ローテの調整も難しくなるし
中止になった代替日程確保も困難になる。
MLBのようにナイトゲームを数時間遅らせれば
深夜に運行できない公共交通機関が頼りの日本では
帰宅できない観客が続出するだけだし、
中止直後に
代替試合や昼間のダブルヘッダーを組んでも
日本では観客のほうが
その日程変更に対応できないだろう。
またおそらくだが
アメリカと違って日本では
シーズン中の天然芝の植え替えが困難と思われるので、
連戦で芝が枯れてしまう可能性を減らすために
芝はできるだけ人工芝を採用したいところだ。
これらを可能にするには
プロ野球を含めたプロスポーツや
ドーム球場などの施設など
あらゆる面における法律、税制の優遇が必須である。
特に現在の沢村賞選考委員には
長年政権与党を担っている政党の元国会議員もいるのだから、
そちらのほうにはたらきかけたほうが
在野のご意見番的な、
あるいは現在のプロ野球界に対する野党的な立場から
現状に「反対するだけ」よりは
よほどましな結果につながるはずではないのだろうか。
このようにまずは
先発を6人そろえても中5日になるような
周辺環境を盤石にしたうえで
全く飛ばないボールを採用させ、
プロ野球から打力、長打力を
可能な限り消し去ってしまえば、
先発投手の1球あたりの負担も大幅に減り
お望み通りに中4日、中3日での完投も増やせるだろう。
2023年のバウアーと日本人選手
トレバー・バウアーの2023年
ここでようやく本題。
2023年のバウアーの登板を見てみよう。
最初は打ちこまれる試合が続いたバウアーだったが
慣れてきてからは
7回以上を110球程度に抑えるようになり、
それも中4から中5日の先発登板で
行うことが大半になった。
さらには7月6日に128球ながら9回完投、
8月3日には123球で延長10回まで投げている。
バウアーが特に沢村賞選考委員の琴線に触れたのは、
中4日、中5日での先発よりもむしろ
この9回128球や10回123球に
「先発完投」の精神を見たからではないのだろうか。
バウアーと他の日本人選手との比較
では次に、
今シーズンのバウアーを他の数人の選手と比較してみよう。
比較対象は
今年沢村賞に選ばれた山本由伸、
120球以上を投げた回数と1試合の最多投球数が
全チームで最も多かった戸郷翔征、
日本人選手で中5日登板が最も多かった
山崎福也と東克樹だ。
登板間隔の999は
シーズン初登板を便宜的に表現したものだ。
沢村賞の山本は完投数こそ少ないが
7回以上を投げることは非常に多く、
110球前後での交代が多いかわりに
120球以上はたった1回しかない。
そして中5日は一度もなく
全て中6日以上空けた登板になっている。
逆に同じチームの山崎は
5回程度、100球未満での交代が多い一方で
ときおり中5日での先発がある。
他のローテ投手の登板間隔を空けたい場面で
重宝された選手だった。
また東のほうは
9月以降に中5日での先発が増えており、
もともとは
8月最後に離脱したバウアーと合わせた
中5日ローテが組まれていたことも考えられる。
一方、
「中6日ならもっと球数投げろ」派の主張と
ほぼ同じ選択がなされたのが戸郷。
120球台どころか
130球台1回に140球台の試合も4回ある。
ジャイアンツで他に120球以上になったのは
赤星優志の127球、山﨑伊織の120球が一度ずつで
このような投球をさせたのは戸郷だけ。
また中5日が組まれた前後では
多くても110球程度までに球数が抑えられており、
この点のケアもしっかり行われていたことになる。
バウアーから「何を学ぶべき」なのか
MLBの先発投球数と登板間隔
沢村賞選考委員の言うように、
日本のプロ野球はバウアーを参考に
中4日や完投をもっと増やすべきなのだろうか。
はっきり言ってそうは思えない。
まずはここ10年のMLBにおける先発の球数。
近年のMLBは
100球以上を投げさせる試合が激減しており、
120球以上にいたっては
年間一桁まで減少している。
80球未満の中には
ショートスターター、オープナーによるものも
多数含まれているだろうが、
それ以外の
80球以上100球未満も増加傾向にある。
日本はこの点
100球以上を投げる試合もそれなりにあり、
120球以上を投げた試合数は
2014年のMLB30球団全体よりも多い。
中4・5日前提のMLBと
中6日以上前提のNPBとの違いは
しっかり現れているように見える。
次に今年2023年のMLBで
100球以上の試合が最も多かった選手、
120球以上の登板があった選手の
登板間隔を見てみると、
中4日と中5日が
拮抗していることがわかる。
それでいて
最近のMLBのトレンドと同様に
100球未満での交代がかなり多い。
今年ホークスからメッツへ移籍した
千賀滉大も見ておこう。
やはり日本時代に比べて
100球未満での交代が激増しており、
登板間隔はほとんどが中5日。
むしろ中6日以上の日本から来た直後なので
1年目は中4日をできるだけ避けた、
というのが正解か。
バウアーをいまいち参考にしづらい理由
このように
先発が100球以上、120球以上を投げることが
以前にもまして激減しているMLB。
そのMLBの過去10年を個人で見ると
120球以上を投げた回数は9回、
1年間では2019年の5回というのが最多になる。
最後にそのどちらも記録した選手のことを
見ておきたいと思う。
誰あろうTrevor Bauerその人である。
バウアーを参考にしづらい最大の理由は
バウアーが
近年のMLBの中でも屈指の投げたがりであり、
しかも球数を費やすことを許容された選手だからだ。
MLBデビューから数年は
早くに降板することも少なくなかった一方で
110球台を投げることがもともと多い。
そして登板間隔は
中4日がかなり多いだけじゃなくまれに中3日があり、
2017年には
かつての日本でもしばしばあったような
非常に早く降板した直後にローテーションを崩し
中1~2日で先発した試合すらある。
ちなみに
120球以上投げた試合が次に多いのは
Chris Sale、Cole Hamels、Max Scherzerの7回だが
その大半は2017年以前のものだ。
「沢村賞」はバウアーから何を学ぶのか
バウアーデータ解析全盛のMLBにおいて
中4日で120球以上を投げることが許されたということは、
まずバウアーが投げたがる性格であること。
そして
100球以上あるいは120球程度まで達しても
あまり投球内容が変わらない選手であり、
しかも登板間隔を空けなくても
その次あるいはその後しばらく投球に
支障をきたさない選手でもあることが
データで証明されているということ。
そして現在のMLBに
そういう選手がほぼいないということは、
MLBの中でもかなり特殊な能力を持った選手
ということになるのではないだろうか。
ベイスターズが
そんなバウアーのデータを入手していたとすれば
バウアーだけを中4日にして
ガゼルマンを含めた他の選手には
同じローテを組ませなかったのも
説明がつく。
もう一つ面白いのは
唯一つい最近まで監督をしていた工藤公康氏の発言。
おそらく
ほとんどの選手が中6日以上を空けても
今の各チームの打線を抑えながら100球以上投げると
パフォーマンスが急激に低下すること、
先発はある程度登板間隔を空けないと
投球内容、故障の両方のリスクが高まること。
そんな山田久志、堀内恒夫両氏の監督時代には
得たくても得られなかったデータを
球団から大量に提供されていて、
やはりバウアーが
他の外国人選手などと比べても
かなり特殊な能力の持ち主であることを
理解できたがゆえの発言ではなかったか。