アメリカ大学スポーツへの賛美と実態
先日スポーツナビに掲載された
日本人アスリートがアメリカの大学へ留学する理由と
NCAAの巨大ビジネスに関するコラム、
非常に新鮮な内容だった。
というのも
これまで日本のスポーツ記事において、
アメリカの大学スポーツと金銭との関係性については
大学設備の充実が取り上げられる程度で、
日本人選手のアメリカ留学や
日本の箱根駅伝、高野連などの実質的解体が
「商業主義に毒された日本の学生スポーツ*1」と
「勉学最優先で健全なアマチュアリズムを遵守するNCAA」の
二元論に基づいて主張されることが多かったからだ。
また約10年前に議論されていた日本版NCAA構想が頓挫したのも、
理想論のNCAA像のような
徹底したアマチュアリズムを唱える層と、
現実のNCAAのように
箱根駅伝などの巨大ビジネス化を唱える*2層との
主張の隔たりがあまりにも大きすぎたのが
一因ではないかと考えられる。
先日発表された
青山学院大陸上部とレッドブルとの提携は
後者の主張の実践例と言えよう。
「ハンバーガーリーグ」の昔と今
さてタイトルで書いたように
今回見ておきたいのは
日本人若手野球選手「流出」のもう一つのほう、
マイナーリーグについて。
日本人選手のアメリカ留学増加の裏にある
NCAAビジネスの巨大化による各種設備の充実、
あるいは2025年のルール改定によって
高卒4年未満でのNPB入りも視野に入れられるようになった点
などと同じように、
マイナーリーグを目指す選手の増加にも
MLBへの憧れだの日本球界への失望だのだけではない
日本では伝えられることが少なかったポイントが
あるんじゃないのか?
一つある。
2021年から本格化したマイナーリーグの待遇改善だ。
MLBとMiLBの協約が2020年に失効を迎えたが、
ちょうどこの時期に
マイナーリーグのあまりの待遇の悪さを批判する声も強まっていた。
そのため2020年のコロナ禍による中止を経て、
マイナーリーグと独立リーグの再編が行われたのと同時に
マイナーリーグ全体の待遇の大幅な改善が行われたのである。
もっとも日本では
マイナーリーグ愛好家や
野球、スポーツのビジネス化を忌み嫌うライターなどによる
リーグとマイナーチームの大幅な減少を
マイナーリーグ文化の喪失として批判する声のほうが
はるかに多かった気がするが。
その内容に関しては
Baseball Americaに比較記事が載っていたので
そちらをそのまま参照することにしよう。

何といっても大きく変わったのは給料だ。
このように週給の最低額が段階的に引き上げられ、
全体では約2.5倍から3倍以上に増加した。
さらに重大なのは
それまで一切支払われていなかった
春季キャンプ、オフシーズンキャンプ、完全シーズンオフ中の
給料も保障されるようになったことだ。
日本円に換算した場合は
近年の急激な円安に伴って
その金額が一層増している。

この結果、最低保証年俸は
増加率が最も低いAAAでも3.3倍、
ルーキーリーグにいたっては6倍弱まで引き上げられた。
日本円換算だと円安効果もあって
ルーキーリーグでも育成選手最低額の240万円を上回り、
AAの時点で
支配下選手の最低保証年俸に並ぶようになったのだ。
地方でも深刻な最近のアメリカのハイパーインフレに
追いつけているかは定かではないが、
かなりの待遇改善が行われている。
そしてこの待遇改善は年俸だけではない。

食、住をはじめとした他の部分でも
あらゆる面で改善は行われている。
さすがに日本のプロ球団のような選手寮ではなく
アパートを借り上げる社員寮的なものだろうが
シーズン中の住宅が球団側の提供になり、
そこまで人気があるわけではない野球ですら
スポンサーの航空会社から遠征用にチャーター機が用意される
NCAAの厚遇には程遠いものの
遠征用のバスの台数が増えた。
パブリシティ権や健康保険の期間といった
選手の金銭面での権利も拡大したが、
象徴的なのが
球団提供の食事が2食用意されるようになった点。
マイナーリーグが
「3食全て選手自身が安値で調達したハンバーガー」という
「ハンバーガーリーグ」から名実ともに脱却しつつあることが
端的に示されていると言えるのだ。
「他人の苦痛こそわが生きがい」
実のところ先ほど述べた内容は
日本語版wikipediaにも掲載されており、
おそらくマイナーリーグに詳しい人なら誰でも知っていると思われる。
なので目新しいものとは言えない。
それでもあえてこの話を書いたのは
日本では
自分以外の見も知らぬ他人には苦行を強要する傾向が非常に強く、
特に野球関連だと
「プロ野球はドラフト指名されれば契約金が支払われ
二軍のくせに給料が支払われ寮もあるなど
若手の待遇が恵まれすぎている。
だからハングリー精神が足りず選手が育たない」との批判が
ファンやスポーツライターなどから
何十年にもわたって定期的に起こっているからだ。
野球では他にも
導入直後から「違反球」と公表されるまでのあいだ
統一球を支持していた人たち、
高校野球の「飛ばない金属バット」導入に
賛同していた人たちがよく主張していた
「打球が飛ばず打低になれば
(全ての選手、学生、少年が打球を飛ばそうと必死に努力するから)
真のスラッガーが育つようになる」も
思想の根本は全く同じと言えるし、
アメリカ留学を称賛する際に用いられる
「勉学最優先でアマチュアリズム遵守のNCAAに挑む精神」も
やはり論拠は同じだろう。
そして最近、
主力選手が二軍以下の若手のハングリー精神の足りなさに
苦言を呈するケースが増えてきているのだが、
この苦言にかこつけて
「選手を甘えさせるな、ファームをもっと厳しい環境にしろ」
などと批判する風潮が
SNSや記事のコメント欄などで再び高まりつつある。
だがマイナーリーグの環境は
ここ数年で大きく変化しており、
最終的に大谷翔平が挑戦を断念し
スチュワート・ジュニアが拒否して日本を選んだ当時の
「ハンバーガーリーグ」ではなくなっている。
日本のファームの環境を
二軍に不相応なほど良くしろとは思わないが、
「ハングリー精神を養わせる」名目のもとで
二軍以下の環境を大幅に悪化させようとする主張は
ただでさえ縮まった
マイナーリーグに対する日本プロ野球のアドバンテージを
さらに喪失させるものにすぎず、
若手野球選手の海外流出を大幅に加速させるだけと
言わざるを得ないのである。
その他参考
ジェラルド・ガーニー, ドナ・ロピアノ, アンドリュー・ジンバリスト『アメリカの大学スポーツ : 腐敗の構図と改革への道』宮田由紀夫訳、玉川大学出版部、2018年*3