スポーツのあなぐら

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日本ハムに学ぶ高卒ショートの育て方

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オリックスの例を出すまでもなく、
世間では高卒ショートの育成を求める声がかなり強い。
今回は
今も「高卒野手の育成が上手い」と「識者」の評判がよく、
2000本安打を記録する強打のショート田中幸雄も育てた日本ハムから
高卒ショートの育成について学んでいこう。

 

 

田中幸雄の時代

日本ハムの場合は
平成元年よりもさらに3年前から見る必要がある。

ハムSS1986-2001

80年代前半にショートを守っていたのは高代。
しかし86年になると
それまでリーグ平均より少し下程度の成績を残し続けてきた
高代に衰えが見えてきた。
当時OPSの概念はないが
チーム内からもその衰えの様子は見えていたのだろう。
そこで87年に抜擢されたのが
高卒2年目の田中幸雄だった。
これを見て
「田中は高卒2年目で悪くても使われ続けた」
「のちに田中は大打者に成長した。坂本勇人もそうだった」
「だから高卒2年目で聖域化すれば絶対伸びる」
と主張する人は必ず出てくると思う。
小園海斗や根尾昂などに大きな期待がかけられ、
平沢大河の伸び悩みに激怒する人も多い今なら
なおさらだ。

しかし実際の田中はどうだったか。
まず、20代前半でリーグ平均を上回ったのは1990年しかない。
とはいえ
良いシーズンと悪いシーズンを交互に繰り返しつつも
徐々に成績が向上しているし、
他の選手が田中の成績を上回る保証はないから
大きなマイナス要素とも言い切れない。
厄介なのはもう一つのほうで、
固定起用されているうちに故障を抱えてしまった点だ。
1992年に右肩を故障し1年全休すると
翌年からけがへの負担軽減のため外野へコンバート。
「強打のショート」として本格的にスタートしたのは
再度ショートへコンバートされた1995年、
高卒10年目28歳になってからのことだった。
打撃成績は94年から2000年までリーグ平均を上回り続けたが、
27~33歳の間のことなので
コンバートよりも
単純に年齢的な全盛期が訪れたと見るべきだろう。
その一方で、
「高卒2年目から固定し続けたから強打のショートに成長した」
証拠は全く見つからなかった

むしろ、せっかくの全盛期に
故障を誘発する遠因になっていた感すらある。

 

金子誠の時代~今

ショートとしては身体の限界を超えたのか、
田中幸雄は2001年からレフト、
2002年からサードとライトに回るようになった。
しかし次の若手・中堅が伸び悩み、
奈良原はベテランでバッティングもいまいち。
その中で最終的に白羽の矢が立ったのは
長くセカンドレギュラーだった金子誠である。

ハムSS2002-19

金子はこのとき高卒9年目。
完全な守備型のショートで、
このあとリーグ平均を超えたのは2009年だけだった。
金子誠が支えている間にも次世代はなかなか育たず、
2013年にはトレードで大引を獲得。
その大引がFA移籍した後は
二遊間のユーティリティだった中島が固定されるようになり、
現在に至っている。
中島は金子以上にバッティングが厳しいのだが
彼の守備力を超える打力をもつショートはまだ出てこない。

 

「高校生は獲り続けてすぐ使えばすぐ育つ」か

日本ハムから学べることは三つある。

  • 高卒ショートを獲り続けても育つ保証はない
  • 高卒ショートを使い続けても育つ保証はない
  • 高卒選手が育ったとしてもリスクは小さくない

一つ目は上の表の太字
全てドラフトで獲得したばかりの
高卒1年目のショートだ。
8人中、陽、松本、森本、渡邉の4人が上位指名。
特に2011年からは5年連続、
ここ9年間で8人の高校生ショートを獲得している。
彼らはすぐに二軍で使われ続けた*1が、
今のところショートとして育ったのは中島だけ。

二つ目については次の表を見てほしい。

田中賢、陽、平沼

二軍成績のいい高卒選手をすぐ一軍で使っても
そうそう伸びていくわけじゃない。
田中賢介と陽は早くにかなりの打席数を与えられたが、
金子を大きく下回る結果しか残せなかった。
田中が一軍スタメンに定着したのは
一軍内のコンバートと不調者続出で
セカンドが空いた7年目、
陽は外野にコンバートされた5~6年目。
どちらもこの後一軍出場がほぼない年を経ての定着で、
しかも他の選手の不調や衰えがきっかけだった*2
二軍で活躍している選手ですらこうなのだから、
最初の3年間で二軍平均に達しておらず
一歳上の太田も壁になっていた平沼が
なかなか一軍で使われないのも当然と言える。
昨年はサードが空いていてそちらに回る必要もあったため
ショートでの起用機会はさらに限られていた。

それでも一軍でスタメン固定され続ければ
もっと早く伸びたはずだとの考えには
金子の成績を見せておこう。

金子誠

初めてリーグ平均を超えたのはなんと34歳、
平均近い数字を残したのも
22歳、27歳、31歳のときだ。
使われ続けることで守備は成長したかもしれないが、
田中幸雄と同じように
20代前半はバッティングが停滞ぎみだった。

三つ目の「リスク」とは。
まず使われている間に故障を抱えやすくなることだ。
これは田中幸雄もそうだし、
現代の名ショートたちも勤続疲労が疑われる選手が多い。
せっかく本格化したところで故障がちになっての離脱が増えると、
選手のチームへの貢献も減少してしまう。
そしてもう一つは移籍の問題だ。
田中幸雄や金子のようにずっとチームにいてくれるならいい。
しかし現代では田中賢介陽岱鋼のように
活躍した選手がFAでチームから出ていくことを想定しなければならない。
あるいは若いうちに
ポスティングでMLBに挑戦することもある。
FAの場合
資金の豊富なソフトバンクや巨人なら引きとめられるだろう。
だがそこまで資金のないチームではどうか。
高卒1、2年目から停滞期に我慢して使い続けることで、
ようやくスタメンに定着してこれから全盛期を迎えるはずの選手が
いきなりFA権を取得しいなくなる事態が想定されるのだ*3
田中賢介と陽の場合は
そこそこの年齢や故障を抱えての移籍で
チームもそれなりに備えていたはずだったが、
結局田中の抜けたセカンドは
2年後に田中を呼び戻し、
陽の抜けた外野は
トレードで大田泰示を獲得して穴を埋める形になった。
ましてや打撃も守備もいいショートが
若くしてFA権を取得したら、
金を出せるチームから引く手あまたになるのは当然なのだ。

「高卒野手の育成が上手い」日本ハムの高卒ショート育成は
まだまだ試行錯誤の繰り返しに終始している段階だ。
「自分が高校時代に気に入った選手を
NPBでもMLBでも自分が見れさえすればいい、
育たない・使われないのはチームのせいだ」と考えている
ファンやドラフト評論家などにとっては
どうでもいいことばかり並べたかもしれない。
だが実際に選手を獲得し育成して起用するチームにとっては、
適切な時期を見計らって起用することは
現在だけじゃなく5年先・10年先の将来にもつながる問題だ。
「5年先・10年先の将来を見据える」場合、
「あえて獲得しすぎない」
「我慢して無理に早く使わない」ことも
大事な選択肢に入ってくるのである。

*1:高濱祐仁はサード、太田は二遊間のユーティリティ的な起用だった。渡邉の1年目は故障で中盤以降離脱している

*2:2006年はセカンド木元邦之がサード、サード小笠原道大がファーストへ回り、代わりのマシーアスらが不調。2010年はファースト高橋信二とDH二岡智宏が不調で、38歳の稲葉篤紀が双方へ回りライトが空いた

*3:たとえば横浜では内川聖一が完全開花後わずか3年でFA移籍してしまった。あれから10年たった今も内川は主力である