行動経済学とドラフト
昨年のノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のリチャード・セイラー。
彼の研究内容は非常に多岐なものになっているそうだが、
その中の1つにNFLのドラフトに関する研究がある。
具体的な研究結果はNFLのドラフト特有の内容になるので、
NPBに直接当てはめるのは難しい。
しかしセイラーによれば、
その研究の前提条件として
心理学的研究から得られたドラフトの意思決定に関する発見があったという。
彼の著作『行動経済学の逆襲』から引用すると、
それは次の5つだそうだ。
1.人間は自信過剰である
オーナーやGMやコーチは、
選手の能力を峻別する自分の能力を実際よりも高く評価しがちである
2.人間の予測は極端に振れる
スーパースターがそんなに簡単に現れるはずはないのに、
ドラフト候補選手の質を評価するスカウトは、
すぐ「この選手はスーパースターになる」と言ってしまう
3.勝者の呪いが起きる
1つの対象に多数の入札者が競合する場合、
その対象をいちばん過大評価している入札者が往々にしてオークションで勝利する。
ドラフト目玉選手にもこの法則は当てはまる。
勝者の呪いとは、
こうした選手は活躍するものの、
指名したチームが考えるほどには活躍しないことをさす。
4.偽の合意効果が働く
人間は一般に、他の人も自分と同じ選好を持っていると考える傾向がある。
ドラフトでは、あるチームが特定の選手にほれ込むと、
他のチームも同じように考えていると思い込んでしまう。
そのため、お目当ての選手が別のチームにさらわれる前に確保しようと動く。
5.現在バイアスが作用する
チームのオーナー、コーチ、GMは全員、いますぐ勝ちたいと思っている。
ドラフト上位で指名された選手はみんな、
低迷するチームを劇的に強くしたり、
スーパーボウル優勝へと導いたりする特効薬となることを期待されている。
どのチームもいますぐ勝ちたいのだ。
NPBの場合で考える
この原則をNPBに当てはめてみよう。
1.人間は自信過剰である
これは何もオーナー、フロント、首脳陣、スカウトだけに当てはまることではない。
外部の評論家からファンまで、だいたいの人間はみな同じことを思っている。
「自分の選手を見る眼は他の人よりもはるかに優秀だ」と。
むしろ、それぞれの領域を切り分けているチーム内部よりも、
外部の人間のほうがこうした潜在意識は強いかもしれない。
こう書いている私も自分の手法の限界はわかっているつもりだが、
おそらく例外ではないだろう。
2.人間の予測は極端に振れる
ここは後で説明しよう。
3.勝者の呪いが起きる
これはNPBの場合ほとんど当てはまらないと思われる。
NPBの1巡指名はオークションではなく抽選で選ばれるからだ。
獲りたい気持ちが強いからくじに当たるのだとすれば
オカルトどころの騒ぎではない。
が、「セリーグは獲りたいという気持ちが薄いからくじが当たらない」
と主張する評論家が出てもおかしくないのが現状だ。
4.偽の合意効果が働く
NPBのドラフトの中でもこうしたことは少なからずあるだろうし、
情報戦で偽の評価を流すことで、
自分たちが狙っていない選手を先に獲らせる戦略もあるだろう。
その一方で、
こうした罠に陥りやすいもう一つのタイプが評論家*1である。
この人たちは自らが絶対評価を下すという職業柄(?)か、
指名した選手の絶対評価そのものだけではなく、
その選手が指名された順位に対しても、
自らの絶対評価のみによって総評する傾向がある。
よくある典型例が「この順位で指名する選手ではない」という批判だ。
彼らはどうしても周囲に同じ視点の持ち主や
賛同者が集まることが多くなりがちなので、
その傾向がNPBの各チームより強く出ている可能性も高い。
ましてや絶対評価の手法を自ら世間に広めた人ならなおさらだ。
逆に視点・評価基準が他人と大きく異なる場合だと
こうした意識は薄くなる。
ドラフトの順位は指名する側にとってあくまで相対評価だ
と知ることができるのだ。
5.現在バイアスが作用する
5番を見て「我が意を得たり」と思った人は多いことだろう。
この内容は一見すると、特に若手至上主義・高卒至上主義の思想と合致する。
「その通りだ、フロントや現場は我慢が足りない。
だからドラフトでは将来を見越してとにかく高校生中心に大量指名し、
今後数年間Bクラスに耐えてでも彼らを抜擢し続けろ」
と主張されるものだ。
だがそう思ったあなた。それは自分を買いかぶりすぎだ。
先ほど後回しにした「2.人間の予測は極端に振れる」と組み合わせると、
私が何を言いたいのか見えてくるはずだ。
彼らは往々にして
「自分が気に入ったこの選手は、大卒・社会人なら1年目最初から、
高卒も2年目か1年目オールスター明けには絶対に活躍できる」と主張する。
そして「その(俺様が気に入った)選手が数年たっても伸びてこないのは首脳陣が抜擢しないからだ」
と考えてしまうのだ*2。
だが現実には、そんな選手が数多くいるわけでもなく、
彼らの選手を見る目が正しいという保証はどこにもない。
「見逃し三振からは何も生まれません」と同じで、
バットの届かないボール球をストライクとコールしているようなものだ。
さらに言えば、たとえ正しかったとしても選手というのはもろい存在だから、
いつ故障や衰えが来てしまうかは予測できない。
彼らにも現在バイアスが作用しているもう一つの根拠は、
二軍の戦力を見ない人が実に多いことだ。
それも高卒選手を獲得して現在の一軍の穴を埋めさせようとする。
こうした傾向は、特に昔の会議倶楽部模擬ドラフトなどで顕著に見られた。
「我慢強く」はもっともらしく見えるが、
こう言っている彼ら自身は我慢強くもなければ、
将来を見越して長く起用させるつもりもないのだ。
数年後にはまた新たに気に入った若い選手を抜擢させて、
実際に抜擢し成長した主力選手を干そうと躍起になるのだから。
当てはまるのはチームの人間だけではない
こうやって見ると、セイラーが述べた心理学的な傾向は、
NPBの各チームだけではなく
ドラフト評論家や一般のファンにも非常によくあてはまるものだ。
もっと言えば、人間すべてに当てはまる可能性があるものなのだろう。
現代において我々は、誰もがただの視聴者・読者ではなく評論家になれる。
ここに挙げた内容は、
実際のドラフトやドラフト評論を見る際にも頭の中にとどめておくべきだし、
また自分が考える際、発言する際にも重要な心得となってくれるはずだ。
ところで、来週はNFLのドラフトである。
NFLに興味がない人も、NPBのドラフトを商業主義と叩いている人も、
あの文字通りのお祭りを見て度肝を抜かれてほしい。
候補選手を知らなくても単純に面白いぞ。
参考文献:リチャード・セイラー『行動経済学の逆襲』(早川書房、2016年)
追記 4/22:若干加筆修正しました。