中日ドラフトとマネー・ボール 落合GMが就任した際、
掲げられたテーマの一つに
「マネー・ボール」があったと記憶している。
実際、そのテーマの片鱗は
契約更改の際にいかんなく示されていた。
一方でドラフトではどうだったのだろうか。
マネー・ボールとは
まずは
この「マネー・ボール」という言葉自体の意味から紐解いていきたい。
『マネー・ボール』とは
2003年に刊行され、
のちに映画化もされたマイケル・ルイスのノンフィクションである。
2002年時点で分析可能だったセイバーメトリクスを活用した
アスレチックスの戦略などを描いたもので、
MLB全体にも非常に大きな影響を与えたと言っていいだろう。
その一方で「マネー・ボール」の言葉だけが独り歩きし、
出塁率を重んじて犠打・盗塁・守備を軽視する
といった意味で使う人も少なくない。
このためもあってか、
作品と言葉のどちらの意味でかはわからないが
マネー・ボールを蛇蝎の如く嫌う人は日本でもかなりいるようだ。
もっともこれは
ルイスの書き方が挑発的で誇張も多かったのが原因の一つだが。
典型的なのは、
井口資仁の引退表明に際して
彼の2005年ホワイトソックスでの活躍を
スモールボールの復権とマネーボールへの反発心によるものと
『Number』の記事で断定していた某スポーツライター氏だろうか。
なんだか「ベースボール宗教戦争」よろしく
いまだに一人十字軍をしているらしい。
このライターは2005年当時から同じ主張を続けていたが、
他にも約10年前には
ブレーブスの特集翻訳記事にかこつけて
マネー・ボール叩きに興じたりしていたので
よほど嫌いなのだろう。
さてこのときの記事は
90年代以降の黄金期で高卒の主力が多くいた
アトランタ・ブレーブスのスカウトに関するものだった*1。
『マネー・ボール』での高卒を獲らない、
データ重視の大卒偏重ドラフトもまた、
マネー・ボールが忌み嫌われる主要因の一つになっている。
たとえば
阪神の項で取り上げたスポナビブログなどは
清武時代の巨人ドラフト*2を
なぜか「マネーボールかぶれ」などと書き、
近年弱体化した主要因として叩いていた。
これはかなり狂気な例にも見えるが、
マネー・ボールの大卒重視を嫌う人自体は日本でかなり見かける。
それだけ嫌われているマネー・ボール風の戦略を、
こちらも名古屋やメディアなどから
蛇蝎の如く嫌われている落合氏が推進したのだから
少しでもうまくいかなければどうなるかは
推して知るべしと言ったところだ。
しかし
中日が行ったマネー・ボール風ドラフトが
どういう意味を持っていたのか、
巷ではほとんどが感情とバイアスでしか見られず
まともな検証は行われていない。
ここではあえてマネー・ボールの視点から
中日のドラフト戦略の意味を見ていこう。
マネー・ボール的部分
価値が不当に低く見積もられている選手を狙う
ドラフトの評論では
価値が低く見られているのは高校生野手とされることが多い。
しかし現実を見ると
現代のドラフトでは最も不遇と言えるのは社会人野手、
それも企業チーム所属の社会人野手と言える。
まず上位を見ると、
2008年以降上位指名された社会人野手は
12年で12人*3しかいないが、
それに対し高校生野手は51人もおり、
これは上位野手97人の半数以上にあたる。
全体でも高校生野手は社会人野手の倍以上指名される年が多く、
高卒野手が一桁の年は一度もないのに対し、
社会人出身が二桁に達したのは2015年と17年だけだ。
そのうえ、チームによっては
全くと言っていいほど社会人野手を獲らないチームもある。
2014年ドラフト前の、
クラブチーム・独立リーグを除いた本指名での
最後の社会人野手指名がいつだったのかを
チーム別に見てもらいたい。
本指名での独立リーグ、クラブチームを除いた指名選手を見ると
ソフトバンクと日本ハムは10年以上社会人野手の指名がなく、
セリーグでは阪神がかなり少ない部類だった。
中日も何だかんだで2009年を最後に3年間指名がない。
その一方で2014年以降の指名選手でも
源田壮亮や近本光司、大城卓三など、
主力として活躍している選手は決して少なくない。
これだけ指名数が少ないのであれば
「実力や素材はよくても年齢等の理由で
他球団が敬遠した選手がいるのではないか」
「獲りあいになりやすい高校生と違って
社会人なら3位以下でも多くの逸材を獲得できるんじゃないか」
と考えるチームが出てくるのはおかしなことではない。
高卒野手の育成が遅い伝統
「マネー・ボール」の呼称が用いられる際に
今でもよく間違われることだが、
当時のアスレチックスが大卒偏重の指名をした理由の一つは
注目されやすい高校生に比べて
大学生は注目度が低い分安く獲得できるというものだった。
高卒至上主義が
マネー・ボールを肯定的な意味で引き合いに出す場合は、
「NPBでは
大学・社会人よりも高校生のほうが契約金が安い」ことが
唯一の理由と言っていい。
しかし前に書いたように、
育成期間の年俸等を考慮すると
高卒選手は割高になりやすい。
これを得にするためには早い段階で戦力にする必要がある。
では中日の場合
そんな高校生野手がいつ出てくるかというと、
このチームの高卒野手の育成はお世辞にも早いとは言えない。
こう書くと
高卒1年目から使われた立浪和義を例に出して
「落合が使わなかったせい」とされるのが
お決まりのパターンになっているが、
実際には落合監督の前からずっとこの状況が続いている。
100打席に達するだけでも
ほとんどの選手が6年以上かかっている。
一般的に野手の全盛期は
20代後半から30代前半なんだから当然と言えば当然だ。
しかもあくまでこれは100打席までの年数なので、
実際のスタメン定着はもっと先の選手も多い。
意外と早く一軍では使われたため
期間が短い平田のスタメン定着は6年目、
使われるもライバルのルナや森野を大きく下回り続けたため
定着できなかった高橋は7年目だ。
こうしてみると、
中日の高卒野手はスタメン定着に最低6年はかかることになる。
それも落合監督時代のはるか前、
第一期高木、第二期星野両監督の時代から変わっていない。
それでも立浪のように早く抜擢すれば伸びる、
実際に主力打者に成長したじゃないか
と考える人が非常に多い。
しかし最も重要なのは
実はこの立浪である。
打撃は一軍で苦戦した*4ものの
1年目からショートレギュラーとして優勝に貢献した。
しかしその早すぎる起用が祟ったか
2年目は故障で離脱(30試合出場)。
3年目からは打撃も完全開花して主力打者となったが
故障の影響は大きく、
監督が変わった5年目に自ら志願してセカンドへコンバートとなった。
その後も主力打者として長年にわたって活躍するも、
ショートとしては実働3年強で終わってしまっている。
さて、この立浪に代わってショートに入ったのは
前年高卒2年目にして
セカンドレギュラーをつかみかけていた種田である。
種田は2年間ショートのレギュラーに定着するが
その後は故障と不調で低迷してしまい
復活したのはカムバック賞を受賞した2000年。
プロ入り11年目、29歳になってからのことだった。
つまり若い2人を連続で抜擢・固定したはいいが
ショートでは2人でわずか5年強。
5年、10年後の未来はおろか、
両者とも高卒4年目までしか持たなかった。
結局のところ
早すぎる抜擢はチームの将来への大きなダメージをもたらした
と言わざるを得ない。
それも起用自体は一定の成功をもたらしていたにもかかわらず、だ。
しかもその一方で30代に入ってから全盛期を迎え、
なおかつ息の長い活躍をする選手もこのチームには多かった。
大社出身の生え抜きでは井端弘和などが挙げられるが、
それ以上にすごかったのは
100打席到達が28歳、スタメン定着が30歳だったのに
それから引退までの14年間好成績を残し続けた
和田一浩だろう。
そういえば落合博満自身もそういう選手だった。
高齢の社会人野手を指名した裏には、
そうした晩成型の選手を狙っていた可能性も充分考えられる。
昨年開花した阿部寿樹は
この系譜に名を連ねられるだろうか。
マネーボール的ではない部分
データやスタッツは重視しない
この点に関しては、
そもそも社会人野手は各大会日程の関係上
打席数が限られていてまぎれが大きいこと、
その少ないスタッツも入手する機会が非常に限られていることを
考慮する必要がある。
JABAや各チームからスタッツを提供されているなら話は別だが、
少なくとも我々一般人が情報を得られるのは
翌年の4月になってからだ。
なので編成担当やスカウトの目のみで
判断ぜざるを得ない部分ではあるけども、
「マネー・ボール」との違いという点では、
ドラフト以外のチーム運営を考えても
旧来の手法をそのまま用いている可能性が高い。
つまり何らかの刷新や改革が行われたという印象は受けない
部分が挙げられる。
一方でスタッツ面から見た野手陣の妙な特徴としては
三振数が多いことが挙げられる。
四死球より三振が目立ったタイプには
友永翔太、遠藤一星、阿部、石岡諒太が該当する。
とは言っても
他チームでは戸柱恭孝や倉本寿彦なども似たタイプで、
三振四死球ともかなり多いタイプには田中広輔もいる。
奇妙な点ではあるが
これが即スカウティングのミスと断定できるものではない。
投手には若さと素材を求める
野手のほうは大卒2年目以降の指名が多かったが、
投手はどういうわけか大卒社会人が異常に少なく、
落合GMのいた2013~16年は13年の又吉克樹と祖父江大輔だけ。
又吉は独立リーグ出身の大卒1年目の指名のため、
あれほど投手も大社出身が多かったのに
24歳以上は祖父江1人で、
去年の岡野祐一郎が6年ぶりの指名だった。
実は中日は
その前の時代も24歳以上の投手をほとんど獲っておらず、
2005年以降の支配下は齊藤信介*5と井上公志の2人しかいない。
樋口龍美のイメージも強いためか
社会人と聞いただけで高齢と思い込む人が多かったが、
実際には落合色が強いどころか
投手の路線はほとんど変わっていなかった。
それどころかGMもスカウトも投手の好みは非常に似ていた
とも考えられるのである。
なお残念なことに
複数の当たり投手が出た年は2005、13年ぐらい。
ドラフト評論家好みのフォームで評価の高い岡野も
昨年の三振率が低い*6のが不安材料ではある。
また、投手のほうもデータを参考にしたようには見えない。
まあ前述したように
特に社会人はスタッツを得る方法は非常に限られており、
中には都市対抗予選・本戦とそれ以外の試合が極端に異なる
野村亮介*7のような選手もいるので
一概に言い切れない部分はある。
ただ1位指名以外では
スタッツ面で見ても
不安の大きい選手の指名が目立ったのはたしかで、
完成度の高くない素材重視の指名が多かったのは間違いない。
しかしこうした指名もまた
実際には2013年以前とほとんど変わっていない部分だ。
むしろそういう素材型を地元中心に多く指名し、
1、2年だけ結果を残した選手たちが2000年代後半以降多かった。
山内壮馬や清水昭信などがこれにあたる。
ナゴヤドームや高い守備力などを生かした戦略が効果を発揮したのが
この当時の強い中日の一形態でもあったわけだが、
今の戦力で同じ手法をとっても
うまくいくかどうかは怪しいと思われる。
高校生指名を抑える「勇気」、抜擢を控える「勇気」
今回紹介した中日の指名には
落合GMの経験則もかなり反映されていると思うが、
ここ25年以上の中日自体の経験によるものだとわかる。
しかも2013年時点の中日は高齢化が進みすぎており、
補強がよほどうまくはまらなければ
長期崩壊が見えている状況だった。
「今後10年間最下位でも我慢してください」とでも言わない限り、
即戦力重視のドラフトを何年か続けること自体は当然の流れだ。
しかも若手の速い抜擢がたとえ成功しても
5年後の未来に結びつく保証がないことは
立浪や種田の例で示されている。
現在では全盛期を迎えたところで即FA移籍まであるため、
抜擢しながらの育成は
以前以上に将来への危険性を伴う手法でもあるのだ。
中日じゃないが
高卒10年目で移籍して
その後10年活躍している内川聖一などがいい例だろう。
またプロ野球が興業である以上
即戦力ドラフトにはある意味勇気が必要になる。
ドラフト評論の世界に限らず
いや一般のファンやメディアはそれ以上かもしれないが、
ドラフトで高校生主体の指名をした場合は、
たとえ大失敗に終わったとしても
「素晴らしい指名をした。失敗したのは誰か別な〇〇のせい」で済まされる。
しかし即戦力、それも社会人主体の指名をした場合、
よほどの大成果をあげない限りは
とてつもない非難と代償を負わされることになるからだ。
2014年指名を「冒険心」と評したのはこういう理由もある。
しかし戦略自体は全くの間違いではなかったが、
選手の人選ではお世辞にも良い結果をもたらしたとは言えない。
野手はまだ二軍を長期育成の場にもできる状況にはなっておらず、
投手にいたっては
戦力そのものが不足しすぎていて若手の無茶な起用も目立ち、
たとえ今使っている若手が来年以降一気に花開いても
種田の投手版になる可能性すら強くなってしまっている。
しかもこれをただでさえ*8異常なほど嫌われている落合氏が
嫌う人はとことん嫌うマネー・ボール型を標榜したのでは、
少しでも失敗した時には
もはや取り返しがつかなくなるのは必至だった。
また戦略の大まかな枠組みはともかく
その具体的な部分は監督時代同様に
よく言えば昔ながらの伝統的に成功を収めてきた手法、
悪く言えば旧態依然とした手法が
ドラフト以外にもありとあらゆるところで目立った。
かつて星野仙一氏はなかば
全権監督に近い形で次々と編成を動かしていったが、
そうした戦略家としての才能は、
少なくとも中日GMとしての落合氏に見られることはあまりなかった
と言わざるを得ないのも事実である。
チームとしては
そうしたより細かい部分も含めて
全てを根本的に刷新する必要があると思われるが、
そうした人材が地元で求められている中日OBにいるのか。
またOB・外部からの招聘問わず、そうした改革を行おうとしたとして
地元の財界・ファン・メディアから果たして受け入れられるのか。
あくまで詳しくない外部の目でしかないが、中日ドラゴンズというチームの場合、
どうしてもこちらのほうがチーム最大の問題点のように思ってしまうのだ。
もう一つのマネー・ボール戦略
最後に一つ。
この中日と一見真逆に見えて
実は似たようなドラフト戦略をとっていたチームがあることにお気づきだろうか。
日本ハムである。
中日が即戦力の社会人野手を求めたのに対して、
日本ハムは1年目の契約金や年俸を抑えるため
高校生かつ即戦力の野手を求めた。
中日も2015年以降は契約金がなぜか跳ね上がった*9が、
2014年は全体的に安値での指名が多く、
特に指名の中でも一番不評だった友永翔太は
3位社会人野手の中で合計金額が比屋根渉と並び最も安かった*10。
高校生であっても即戦力を獲らなければ、
長期的には選手にかかる費用が高くつく。
野手獲得の手法は正反対に近かったが、
この「長期育成のリスク」に気づき、
本来的な意味での「マネー・ボール」を行っていたのが
この両チームだったと言うことが可能だろう。
そういう意味では中日の最大の失敗は、
落合前GMに対する拒否反応の強さに加えて
世間一般に蔓延している
高卒至上主義と大学・社会人アレルギーの深さを
読みとれなかったことにあるのかもしれない。