近年のヤクルトのドラフトは「高校生を獲らない」とよく言われる。
あまり知られていない社会人選手の指名が多いこともあってか
実際の指名を見ることなくこのイメージが定着しており、
たいていは「だから弱い」の一言で片づけられている。
1位で高校生を欲しがるヤクルト
1位指名に限ってはこの認識は大間違いである。
統一ドラフトになった2008年以降の1位指名選手を実際に見てみよう。
この10年間の1位入札は高校生(赤字)が7人。
これはソフトバンク、楽天と並んで12球団中トップタイの数字である。
外れ1位を含めても指名選手19人中半分以上の10人が高校生で、
指名数が多い分高校生率は4位(ソフトバンク、中日、楽天に次ぐ)だが、
指名数はソフトバンクと並んでトップタイになる。
神宮球場を本拠地としてるチームなのに、
高校生を獲らないどころか、むしろ「高校生に走りすぎ」である。
最終的に1位で高校生を獲得した数も2番目に多く、
セリーグでは最も多い数字になった。
そしてよく見ると結果的にではあるが、
セリーグは1位で高校生を獲っている2チームが近年下位に沈んでいることになる。
高校生を獲っていればチームは強くなったのか?
世間一般では「高校生を獲らないチームは弱い」という概念が広く定着しており、
そういう際には根本陸夫などが引き合いに出されることが多い。
前に書いたように根本が1位指名で高卒重視というのは大嘘であるし
(そういえば根本の1位指名傾向はヤクルトとちょうど真逆になっている)、
広島や横浜が最近までBクラスに沈んでいた理由も説明がつかないはずなのだが、
アマチュア野球で高校野球だけが絶大な人気を誇っているのも、
こうした意識が消えない要因の一つかもしれない。
ではこの10年で実際に高校生を獲っていたとしたらどうなっていたか。
まずは野手から。
12球団で1年にこの程度の数しかいない、という点も考慮しつつ考えてみよう。
まず非常に目立つ特徴として、キャッチャーが多い。
つまり、中村悠平や西田明央のいるヤクルトにいても
コンバートをしていなければ出番がないか、
または中村か西田の出番がなくなることになる。
そしてキャッチャー以外だと何とも微妙な選手が多い。
特に2009年は無理やりあげても外れ1位以降にこの3人しか残っていないのだ。
キャッチャー以外で一軍レギュラーを複数年勝ち取っていると言えるのは
浅村、中島、西川、桑原、近藤、鈴木、上林が挙げられるが、
まずこのうち現在外野に入る選手が近藤を入れると5人もおり、
さらにバレンティン、雄平、坂口智隆を押しのける必要もある。
そして浅村は当然ながら山田哲人との争いというとんでもない事態が発生し、
ファーストに回せば代わりに畠山和洋を、
サードなら川端慎吾を押しのけなければならない。
結局、ショートの守備力以外にそれほどプラス材料が見当たらない。
続いて投手。
名前は知られている選手が多く、一見「獲っていれば」と思わせるメンバーに見える。
しかし彼らのスタッツを見ていくと大半はイメージ先行で、
特に2009、11、12年は通算で見ると成績をたいして残せていない選手ばかり。
まずまずの結果になっている年も2008年はヤクルト自体が高校生投手3人、
2010年は悪くないのだが千賀以外リリーフで、
(他の年もそうだが)高卒に多いはずの先発投手が見当たらない。
近年の中では高卒投手の大当たり年になりうるのが2013年だが、
当のヤクルトは児山祐斗が失敗に終わっており、
秋吉亮が獲れてなかった可能性もある。
こちらもリリーフの手駒が1、2人増えていた可能性はあるが、
投手陣の崩壊が今より少しましな程度だった、が精一杯だろう。
そもそも、ここ数年のヤクルトの投手陣が非常に苦しい理由の一つは
上位で獲得した高卒投手が軒並み低迷したことにある。
分離時代から2008年にかけて獲得した1巡指名のうち
村中恭兵は悪くもないがよくもないといったところで増渕竜義、赤川克紀は伸び悩み、
唯一大成長しかけた佐藤由規が故障で長期離脱。
4人とも活躍期間が短いのが何より致命的だった。
ちなみに10年で本指名11人という数字はそこまで少なくもない。
入団した高卒投手の数は全チームでは下から5位タイにとどまっており、
同数なのは日本ハムと楽天である。あれ?
あと、最も多いのはソフトバンクの18人、2番目は16人の中日。あれあれ?
ヤクルト高校生投手の歴史
スワローズの歴史を紐解いてみるとこのチーム、
ドラフト制以降の高卒投手で成功した選手があまり多くない。
まず1位指名。高卒野手はそれなりに指名するも
高卒投手を1位で行くことが少ない(10年目の74年が初)チームだったが、
その後甲子園の大スターであった酒井圭一や荒木大輔などを1位で獲得する。
しかし酒井は登板数こそ多いもリリーフ主体で通算防御率は5点台、
ヤクルトのエースとして印象の強い荒木大輔も
長期離脱する前まで防御率3点台の年が一度もなく(4点台前半も一度だけ)、
最もよかったのは復活後の93年。実に11年目のことだった。
そんな中で活躍したのが川崎憲次郎と石井一久で、
川崎は2球団競合、石井は競合も予想される中での単独1位であった。
2位以下はどうかというと、それなりに大成した選手はいる。
ただ妙なことに、先発投手がほとんどいない。
西井哲夫(69年2位)、井原慎一郎(69年5位)から
山田勉(85年5位)、内藤尚行(86年3位)、鈴木平(87年3位)と続き
石井弘寿(95年4位)、五十嵐亮太(97年2位)までなぜかリリーフ主体の投手ばかり。
浅野啓司(66年1次9位)が唯一の例外だがあとは先発投手が育たず、
また数も非常に少ない。
ヤクルトの投手指名戦略はこうした歴史から学んだものと言えるのかもしれない。
1位で投手を狙う場合は川崎、石井一の再来を狙うかのような高卒投手指名を行い、
抽選に外れたら投手は大社主体に切り替える。
大社投手の目利きがあまりよくないことを除けば
バランスの名目でむやみに高卒投手を獲得するよりずっと実利のある戦略である。
1995~98年の高卒投手路線で戦力、特に先発が枯渇しかけた教訓も生きているのだろう。
「高校生を獲らなければならない理由」はない
結局のところ、高校生指名にこだわる必要は全く見当たらない。
必要な時にいい選手を獲得した、そのいい選手がたまたま高校生だったというだけで、
チームに高卒が少ないからとわざわざ力の数段劣る選手を獲る必要はないはずである。
しかし特にドラフト評論などでは、
たとえチームがずっと弱体化したままであっても
高卒の数を一定以上確保してさえいれば褒められる。
ヤクルトファンの方はそうした高卒選手を見たいだけの声に耳を傾けるよりは
1位抽選の当たりを願ったり、
大学・社会人の目利きの向上(これは高校生でも同じことだが)を求めるほうが
チームの将来のためにはずっと建設的だと思われる。
もっとも、たとえば1位指名のうち
都市対抗で巷の評価が跳ね上がった中澤雅人、竹下真吾と、
都市対抗でまずまずだったにもかかわらずドラフト直前まで無名だった石山泰稚の
これまでの実績を比較すると、
巷の目利きがあてになるかと言えば
まあお察しと言わざるを得ないのが現実だが。